ピアニスト大西順子 完全復活 ジャズ求道、迷い断つ
6年前の引退宣言でファンを嘆かせたジャズピアノの異才、大西順子(50)が新作を2枚同時に発表して完全復活を遂げた。引退、復帰の背景にはジャズとの真摯な格闘があった。
ピアノ売り払う
東京・吉祥寺の繁華街にあるライブハウスは超満員。にこやかな顔で現れた大西はベースとドラムの2人を従え、いきなり剛速球のピアノを弾き始めた。めくるめく疾走感、あふれる力感、渋いブルース感覚、美しいメロディー。「待ってました」の大歓声である。
大西は1989年に米バークリー音楽大学を卒業し、ニューヨークでベティ・カーターやジョー・ヘンダーソン、ジャッキー・マクリーンといった大物たちとプロ活動を始めた。93年のデビュー作「WOW」が大ヒットして以来、日本のジャズをリードしてきた。
「ジャズの本道を行き、真っ向から力で勝負するタイプ。からめ手で新味を出そうということをしない。近年のジャズ界ではとても貴重な実力者」と音楽評論家の青木和富氏が言うように高い評価を得てきたが、2012年に突然引退宣言をして世間を驚かせた。「ピアノも売り払ってしまった」と大西は明かす。
「何をやっていいか分からなくなったんですよ」と当時の心境を振り返る。「私が本当に追究したいのは80年代までのモダンジャズ。そこにジャズの素晴らしいものが詰まっている。今でもそう思っています」
10年のアルバム「バロック」は会心の作だった。「自分が追究してきたジャズが、とりあえず消化できて形になった」。しかし、次の1手に困ってしまった。「さらにジャズを追究することに傾き、ファンが楽しめる音楽から離れてしまいかねなかった」。ジャズの探究とエンターテインメントとの間で葛藤があったようだ。
復帰への序章は15年夏に始まった。大先輩の日野皓正に誘われ、ジャズフェスティバル「東京JAZZ」に登場した。「日野さんに心を解きほぐされたのです。多くの人が『もっと気楽に考えればいいのに』と声をかけてくれましたが、ニューヨークでモダンジャズの巨人たちと共演し、苦闘したという共通の経験があるからか、日野さんが言うと胸に響くんですよ」
最先端から刺激
16年、菊地成孔のプロデュースで新作を発表し、電撃復帰を果たす。最先端のジャズとの出合いでもあった。「若い人がどんな音楽をやっているのか全く知らなかったから、驚きの連続でした」と話す。
「昔のように八分音符ではなく、すべて十六分音符で譜面が書かれているし、変拍子にしても5拍子なんて当たり前で、昔ならコンピューターに打ち込んで表現していたことを人間がリアルに演奏するなんてことも普通になっている。大きな刺激になりました」
このほど満を持して発表したのがバラード集の「ヴェリー・スペシャル」とピアノトリオで演奏した「グラマラス・ライフ」の2作だ。「前作は菊地さんのプロデュースでしたが、いよいよ自力で正式に発表する復帰第1弾をどうするかと考えて浮かんだのがバラード。メロディーを弾きたいという欲求が強かった」
「グラマラス・ライフ」では変拍子をはじめ、前作の経験も生かした。「(伝統的な)4ビートでないものをこんなにたくさん書いたのは初めて」と笑う。
最先端の実験的な要素は、大西ワールドに定着するだろうか。「まだ迷っていますね。ただ、お客さんは喜んでくれています。ライブを重ね、進化していけるといいですね」。2月7~9日、東京・南青山のブルーノート東京で公演する。
(編集委員 吉田俊宏)
[日本経済新聞夕刊2018年1月16日付]
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