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私の課長時代

海外駐在、キーマン見極め心をつかむ 川崎重工業社長 金花芳則氏(上)

2018/1/9 日本経済新聞 朝刊

米ニューヨーク地下鉄でシェア首位の川崎重工業の車両

■鉄道車両部門の技術者となった川崎重工業の金花芳則社長(63)。上司の転勤を機に、25歳で札幌市営地下鉄のプロジェクトを仕切ることになった。

 日立製作所や東芝などメーカー各社を取りまとめる役割でしたが、周囲は父親くらいの年上の方ばかり。打ち合わせで「こんな若造で大丈夫か」と聞こえよがしに言われました。

 札幌市交通局の担当係長が厳しい人で、皆から恐れられていました。この人を落とせばいけると考え、連日通い詰めました。徹夜で作成したリポートを目の前で破かれたりと苦労しましたが、1年かけて信頼を得ると、メーカー担当者の見る目も変わりました。

 若いというのは相手から軽んじられやすい半面、気軽に文句を言いやすい存在でもあります。若さを強みに相手の懐に飛び込み、逃げずに取り組んだことが良い結果を生みました。

■1988年以来、通算20年にわたる海外暮らしが始まった。

 米国で納入車両を営業運転し、30日間不具合がなければ合格、という最終テストを担当しました。10人を3チームに分け、8時間ずつ付き添いましたが、車を運転できたのは私だけ。毎日トラブルが起きたため、シフト外でも動員され、ほとんど眠れませんでした。

 88年から英国に赴任。ロンドン地下鉄の国際入札を担当しました。車両は英国鉄道(ブレル)が落札し、顧客の意向で下請けとして当社が台車1436台を受注しました。台車も自らが手掛けたいブレルはおもしろくない。色々な嫌がらせがありました。

■当時の川重社長がロンドン地下鉄総裁と会談した際、厳しいクレームを言われた。クビを覚悟した。

かねはな・よしのり 76年(昭51年)阪大基礎工卒、川崎重工業入社。英米に約20年間赴任し、12年常務。16年から現職。兵庫県出身。

 最初に納入した10の台車について、ブレルがロンドン地下鉄に「塗装の質が悪い」などと文句を言い、それが当時の社長に伝えられました。社長はその場で「台車は無償で引き取る」と宣言し、ホテルの部屋に戻ってから説教ですよ。妻に「クビになるかもしれない」と打ち明けました。

 でも翌朝、ロンドン地下鉄副総裁から社長の元に「昨日は言い過ぎた」という趣旨のファクスが届きました。実は札幌の時と同じく、副総裁がキーマンと見て日参し、その時までに良好な関係を築いていたんです。ファクスはこっそりとお願いしたのですが、当時の社長はそれを見て一言。「おまえが書かせたんやろ」。ばれていましたね。

あのころ
 1980年代、日本の鉄道車両輸出は最盛期を迎えた。背景にあったのは国内需要の一巡だ。川崎重工業も米国など海外拠点を立ち上げ、インフラ輸出に力を注いだ。独シーメンスなど先行する欧米トップは同時期、M&A(合併・買収)で規模の拡大を進めた。

[日本経済新聞朝刊2018年1月9日付]

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