歌舞伎を超えた演劇魂 幸四郎一家、3代同時襲名披露
歌舞伎の松本幸四郎一家で37年ぶりとなる親子孫の3代同時襲名披露公演が東京・歌舞伎座で始まった。直系親子の3代同時襲名は、歌舞伎界で珍しい慶事だ。芸の継承に期待がかかる。
「自分が歌舞伎の力となりますことを信じて、天に向かって舞台に立ち続ける所存にござりまする」
初代は300年前
2日に初日を迎えた襲名披露公演。夜の部「口上」で十代目松本幸四郎(45)が決意を述べると、客席から「高麗屋!」「十代目!」と大きな掛け声が飛んだ。続く「勧進帳」では幸四郎が弁慶を熱演、命がけで関所を通過した弁慶が、大きく足を踏みならして花道を引っ込む「飛び六方」の幕切れでは、割れんばかりの拍手に包まれた。
今回襲名したのは、幸四郎改め二代目松本白鸚(はくおう)(75)、市川染五郎改め十代目幸四郎、松本金太郎改め八代目染五郎(12)の3代だ。
松本幸四郎の初代は300年ほど前の人気俳優。立ち役を得意とする江戸歌舞伎の名門となり、七代目以降は弁慶や、「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助などを当たり役とした。
二代目白鸚は、歌舞伎だけでなくテレビドラマやミュージカルなどで幅広く活躍してきた。「伝統芸能としてだけでなく、演劇としての歌舞伎を追求したい。幸四郎の魂を潔く子に渡し、挑戦者として自分を磨いていきたい」と語る。
今月は時代物の名作「寺子屋」の松王丸、続く2月の歌舞伎座では「忠臣蔵」の由良之助で襲名披露。4月には名古屋・御園座の新装開場こけら落とし公演で「勧進帳」の弁慶を勤める。白鸚はこれまで弁慶を1100回以上演じてきた。「歌舞伎の世界は、親子といえどライバル」。新・幸四郎の弁慶にはまだ負けるつもりはない。
新タイプ誕生
白鸚の孫にあたる八代目染五郎も「一番演じたい役は弁慶。強いだけでなく、義経を守る心の優しさが魅力」という。1月は義経役で弁慶と共演している。「兄の源頼朝に追われる悲しみを表現したい。いずれはミュージカルや新作歌舞伎にも挑戦したい」。弁慶への強い思いや、歌舞伎だけに収まらない意欲が、この一家の特徴だろう。
演劇評論家の上村以和於氏は「襲名演目を見ると、代々が手掛けていない役にも挑んでおり、新しいタイプの幸四郎が生まれる」と期待を寄せる。加えて、その将来について「中村勘三郎や坂東三津五郎を失った歌舞伎界で、白鸚らの次を担う正統派リーダーとなるべく、大きな責任を背負っている」と話す。
披露公演は東京、名古屋を経て6月に福岡・博多座、7月に大阪松竹座、その後も各地で続く予定だ。
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十代目 松本幸四郎に聞く 「歌舞伎を世界に広げたい」
「これまで幸四郎を名乗ることを目標にしたことはなかった」という。代々の幸四郎にはそれぞれの素晴らしさがあり、彼らと自らを引き比べても仕方がないからだ。「名跡よりも、これから何をしていくかが大事」と考える。
家の大切な役である「勧進帳」の弁慶は、2014年に初めて演じた。「自分にとって最大の夢の役。初役のときは最初、実感がなく、日を追うごとに緊張感が増していった。今回は2度目で、改めて憧れの役の難しさを実感している」
2月は、歌舞伎座で一條大蔵卿を演じるが、これは叔父にあたる中村吉右衛門の当たり役。「叔父にとって大事な演目を、自分が受け継ぐつもりで勤める。平家全盛の世、源氏に肩入れしたくても本心を明かすことのできない公家の孤独を叔父からは教わった。僕の生き方として、叔父の芸も自分の体を通して多くの人に伝えていかなければならないと思っている」
夢は歌舞伎を世界に広めることだ。「歌舞伎が世界中から愛され、歌舞伎の演出法がこれまで以上に様々な舞台に採り入れられるようになってほしい。オペラやバレエ、ミュージカルのように、歌舞伎が世界中で演じられる時代が来ることを願っているし、歌舞伎にはその力があると信じている」。そんな思いで、海外公演はもちろん、最近ではフィギュアスケートとの交流まで、さまざまな挑戦を続けている。
(文化部 小山雄嗣)
[日本経済新聞夕刊2018年1月9日付]
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