11月顔見世、当代歌舞伎の頂点 2017年演劇・舞踊
2017年の演劇・舞踊の秀作は何か。評論家4氏と編集委員が今年の舞台の成果を振り返る。
上村以和於 歌舞伎 新領域で確かな一歩
(11月、歌舞伎座)
(2)坂東楽善「寿曽我対面」の朝比奈
(5月、同)
(3)市川中車「瞼の母」の番場の忠太郎
(12月、同)
いわゆるベスト3でなく三つの観点から挙げる。
(1)11月の顔見世は吉右衛門の「奥州安達原」安倍貞任、菊五郎の「直侍」、仁左衛門の「仮名手本忠臣蔵」勘平、幸四郎の「元禄忠臣蔵」大石内蔵助と、四優それぞれが芸の蘊奥(うんのう)を極めた舞台を見せ当代歌舞伎の頂点を示した。最長老坂田藤十郎の「新口村」も併せさながら五横綱揃(そろ)い踏みの盛観は見事だった。
(2)永く名乗った彦三郎の名を長男に譲り自適の境に入った楽善が脇役の重鎮として滋味深い境地を示した。
(3)他分野から歌舞伎界へ劇的な転進を遂げた中車が、以来五年を経て新歌舞伎の領域で見事な成果を挙げた。歌舞伎俳優中車として確かな一歩だった。母親役の玉三郎の好リードも水際立っていた。
九鬼葉子 現代演劇(関西) 弱者の目線で社会洞察
(2~3月、神戸アートビレッジセンター)
(2)「ダニーと紺碧(こんぺき)の海」
(5月、兵庫県立芸術文化センター)
(3)遊劇体「のたり、のたり、」
(11月、ウイングフィールド)
いずれも弱者の目線で現代社会を洞察した作品。(1)は鄭義信作・演出。シェイクスピアの「ヴェニスの商人」の敵役、シャイロックの心理を鮮明に描写。人種差別がもたらす憎悪を描き、偏見のない寛容な世界への祈りを込めた。
(2)は、格差社会の底辺にいる男女を描いた。孤独な2人が出会い、本心を吐露。頑(かたく)なな心がほどける様を活写。藤田俊太郎の、本水を使った繊細な演出が冴(さ)える。
2014年に早世した深津篤史の戯曲の魅力を検証する深津演劇祭に力作が揃(そろ)う。(3)は阪神大震災で家を失った若者達の心の復興を、自らも被災者の深津が優しい眼差(まなざ)しで描いた戯曲。台詞(せりふ)の力を丁寧に具現化した演技・演出。
長野由紀 舞踊 国内勢の高い技巧際立つ
(6~7月、東京文化会館)
(2)新国立劇場バレエ団「ジゼル」
(6~7月、新国立劇場)
(3)勅使川原三郎の「アップデイトダンス」シリーズ
(通年、カラス・アパラタス)
国内のアーティストの、高い技巧に裏打ちされた表現力が際立った一年。
(1)は幽明の境を描く名場面「影の王国」での24人の群舞に、一つの生命体のような一体感。生まれては消える動きの反復と堆積に、永遠が宿る。
今年大きな飛躍を見せた米沢唯の舞台の中でも、(2)は出色。予測不能だが圧倒的なリアリティをもったヒロインの、悲恋と赦(ゆる)しが心を打つ。
たゆまぬ自己革新を続ける勅使川原は、パリ・オペラ座の委嘱新作等世界的に活躍。特に自身の小スペースでのシリーズ公演(3)「硝子(がらす)の月」「ペトルーシュカ」他(佐東利穂子共演)が、透徹した感性と無尽蔵の創作力を感じさせた。
瀬川昌久 ミュージカル 3拍子揃う卓越した作品
(7~10月、赤坂ACTシアター)
(2)宝塚歌劇団宙組「神々の土地」
(10~11月、東京宝塚劇場)
(3)こまつ座「きらめく星座」
(11月、紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA)
ミュージカル界は内外共に大盛況を続けているが、英国ヒット作の日本版(1)が、演技・歌・踊りの三拍子揃(そろ)って卓越した仕上がりだった。特に主役のビリー役に選ばれた5人の少年と彼をとりまく家族や教師らの応援振りが日本人の琴線に触れて感動した。3カ月の全国公演の成果は賞讃(しょうさん)に値する。
(2)は宝塚の得意とする宮廷史物で、ロシア王朝凋落(ちょうらく)の一因とされる怪僧ラスプーチンの狂態ぶりを作・演出の上田久美子が興味深く画(えが)いた。
(3)は井上ひさしの昭和庶民伝三部作の初版音楽劇で日米開戦直前の浅草レコード店を巡る悲喜交々(こもごも)の物語。随所に挿入される作者警鐘の句が身にしみる。
現代演劇 生々しい言葉が圧巻
(1~2月、静岡芸術劇場)
(2)さいたまゴールド・シアター「薄い桃色のかたまり」
(9~10月、彩の国さいたま芸術劇場)
(3)文学座「冒した者」
(9月、文学座アトリエ)
(1)はアヴィニョン演劇祭で賛辞を集めたSPAC(静岡県舞台芸術センター)が静岡芸術劇場で上演したシェークスピア劇。演出家、宮城聡の語りと演技を分ける手法が生き、言霊が人を動かす不思議な力を思わせた。歌舞伎座でも活躍した楽団が好調だ。
(2)は岩松了の作・演出による新作で、蜷川幸雄が育てた高齢者劇団による群像劇。原発事故後、無人の街を徘徊(はいかい)するイノシシの涙。取り残された者の夢と絶望がミステリー劇に立ちこめていた。創立80年の文学座で、上村聡史の演出の仕事が光った。なかでは三好十郎が敗戦直後の日本人の混乱をえぐった(3)が、アトリエ空間に生々しい言葉を響かせ、圧巻だった。(編集委員 内田洋一)
[日本経済新聞夕刊2017年12月25日付]
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