『二十六夜待ち』 喪失を抱えた女と男
「海辺の生と死」「月子」につづき今年3本目になる越川道夫監督作品。原作は佐伯一麦(かずみ)。
夜、山中にたおれ、苦しげにあえぐ男(井浦新)のアップからはじまる。空には二十六夜(たぶん)の月。
由実(黒川芽以)は叔母の家に身をよせている30がらみの女。徐々にわかってくるが、3.11で故郷と親をなくした。東京にいる兄がこっちへ来いと言うが、東北をはなれたくはない。
バイト募集の貼り紙を見て、主人ひとりでやっている小料理屋の手つだいをすることにする。
杉谷と名のる主人は、冒頭でたおれていた男。徐々に事情があかされるが、彼は8年まえ、記憶喪失の状態で山から出てきた。市役所福祉課の木村(諏訪太朗)の世話で、6年前から店をやっている。魚をさばくなど、料理だけは手がおぼえていたのだ。
寡黙の上にも寡黙で、陰気でさえある男に、由実はひかれるところがあり、そのうち肉体的に結ばれる。
第1作「アレノ」でも見せたような、越川監督の大胆な演出のセックス・シーンが何度もあり、たがいにまじわることによっての精神的な変化、関係の深まりの表現が意図されている。
越川道夫は、これまでのどの作品でも、女と男の出会いと愛を、女性目線というか、女のがわの感覚に比重をおいてえがいてきて、そこによさがあるが、この映画では、沈黙する男の内面の闇につよくひきつけられている。
ものがたりの設定からして当然ともいえるが、たとえば店の2階で男がはじめて由実に手をのばす場面で、まだ内面表出の途上にある男の感覚のほうに寄ってしまい、女の感受性が消えてしまうのは惜しい。その後も、女の感覚をもっととらえていれば、喪失をかかえた両者の関係の深化がくっきりとえがき出せたのではないか。2時間4分。
★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2017年12月22日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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