てんかん患者の就労 偏見排し、周囲は理解を
必要な配慮、診断書に
けいれんや意識喪失などの発作が出るてんかん患者は国内に約100万人いる。120人に1人の割合で、実は珍しい疾患ではない。大半は服薬や手術で発作を抑えられるが、誤解や偏見から退職を強いられたり必要以上に仕事を制限されたりする患者もいる。周囲に疾患への理解を求めるためにも、他の疾患と同じように仕事をするうえで必要な配慮を診断書などで会社に伝え、適切なサポートを受けられるようにしたい。
「『発作で被害が出たら医師が損害賠償する』という診断書を書いてください」。30代の女性患者を診察した広島大学病院てんかんセンターの飯田幸治センター長は、女性の勤務先からこんな依頼を受け、断った経験がある。その後、女性は退職を余儀なくされたという。
10代で発症した女性は会社に病気を伝えずに接客担当をしており、仕事中に発作で倒れて発覚した。飯田センター長は「病気が分かってから会社は女性が仕事を続けられないように追いやった」と憤り、「脳卒中や糖尿病などにも発作のリスクはある。このような対応をされるのはてんかんだけ」と首を振る。
てんかんは大脳の神経細胞が過剰な放電を起こす病気。中心は小児期や高齢期だが、どの年齢層でも発症する。7~8割は薬で発作を防げる。2~3種類以上の薬を試して効かない場合、脳の手術が効果的な場合もある。
日本てんかん協会の田所裕二事務局長は「誤解や偏見による不利益を恐れて会社や周囲にてんかんを伝えない患者も多いが、あらかじめ説明してほしい」と強調する。「事故やトラブルを起こしたら責任を問われる」と心配する企業に対しては「適切に対応すれば責任を問われる可能性はない」と説明する。
症状や発作を起こしやすい状況は患者ごとに異なる。睡眠不足やストレスなどが発作の引き金になる場合もある。田所事務局長は「発作ではどんな症状が出るのか。救急車を呼ぶ必要があるのか。夜勤など避けるべき業務や必要な支援などはあるのか。こうした内容を主治医に診断書で詳しく書いてもらう方がよい」と指摘する。
産業医や人事担当者も、患者の主治医に企業として配慮する事柄について情報を求める連携も欠かせない。
海外赴任や留学で長期滞在する場合は現地で専門治療が受けられる医療機関を探す必要もある。主治医に相談するのが基本だが、日本てんかん協会も相談に応じている。
海外では時差で寝不足になったり、疲労がたまったりしがちだ。同協会は発作が起きたり薬を紛失した時に備え、英文の診断書や日本てんかん学会作成の「緊急カード」を持つように勧める。
「発作がコントロールできていれば、仕事も娯楽も運動も、日常生活に支障はない」という田所事務局長。患者に対しては「必要以上に不安に感じて活動を抑える必要はない」とアドバイスする。
てんかんは「強いけいれんを起こす病気」という印象が強い。急にボーッとしたり口元や手を無意識に動かしたりする「口部自動症」のほか、手足ががくがくと動く「ジャクソン発作」など発作はさまざまなタイプがある。
専門の医師の監修を受けて製薬会社が運営する啓発サイト「てんかんinfo」(http://www.tenkan.info/)では発作の再現動画などを紹介している。田所事務局長は「周囲の人も病気への理解を深めてほしい」と求めている。
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運転免許には制約 「2年以内発作なし」など条件
多くの場合、日常生活に支障がないてんかん患者だが、車の運転には2年以内に発作が起きていないなどの条件がある。
以前は患者は一律、運転免許の取得ができなかったが、2002年施行の改正道路交通法で「運転に支障がある発作が過去2年間なく、今後も一定期間起きる恐れがない」と医師が診断すれば、免許の取得・更新が可能になった。
だが11年4月に栃木県鹿沼市でクレーン車が児童の列に追突し6人が死亡したほか、12年4月には京都市で軽ワゴン車が暴走し19人が死傷するなど、てんかん発作が原因の事故が発生。14年施行の改正道交法では、免許の取得・更新時に5年以内の発作の有無の申告を罰則付きで義務付けた。
大型免許や第2種免許の取得には、5年以上発作がなく、服薬治療も終えているなどの条件もある。一方でルールに従って免許を取得したのに、企業が自動車通勤を認めないなど過剰反応する事例もある。各地の警察は運転適性について相談窓口を設置している。
(倉辺洋介)
[日本経済新聞夕刊2017年12月21日付]
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