変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

働いた分だけいつでも給料を払います――。月給が一般的だった正社員にも、パートやアルバイトのように働いた数日分を分割して、給料日前に払う動きがじわり広がっている。利用者には「物入りな月末前に便利」「仕事の報酬感が高まる」と好評。従業員の離職や人手不足への対策という会社側の狙いもあるようだ。

急な出費が必要なときスマホ操作だけで、働いた給与の一部をATMで受け取れる(スピルの阿南さん)

急な出費が必要なときスマホ操作だけで、働いた給与の一部をATMで受け取れる(スピルの阿南さん)

「あれっ、3000円しかないや」。友人と食事にいこうと財布をのぞくと心もとない。そんな時、スマートフォン(スマホ)を操作するだけで、働いた分の給料の一部を金融機関のATMで受け取れる。通常の給料支給日の前にだ。

焼き肉やお好み焼き店を国内外に開くスピル(千葉市)の社員、阿南光啓さんは、同社の給料前払いサービス「My給」を活用する。「月の半ばに2、3万円足りないからといって、人付き合いを欠かすのは残念。貯金を崩すまではしたくないが、その月に自分で稼いだ分ならOK」と話す。

「前借り」の後ろめたさなく

日払い・週払いに近い同社のMy給はパート・アルバイトだけでなく正社員も使える。勤怠管理システム開発のキズナジャパン(東京・千代田)のシステムを使うため、社員が働き、残業した時間も正確に把握。そのデータを基にしているため、働いた分の給料の範囲で柔軟に支給できる。会社からの前借りとか、上司や友人に借りるといった後ろめたさはない。

穂崎芳幸社長は「誰がどれくらい使っているかは私も知らない。でも給料日を待たず、必要なときに自分が働いた金を使えるのは社員の活力につながる」と話す。同社は月に10日休暇を取れる制度の導入など、様々な働き方の提供に力を入れている。My給制度もその一環で取り入れた。

「おっ、常習犯」。ビルの外壁調査、塗装・清掃のフリーウォール(東京・世田谷、社員20人)の浜田裕亮社長は冗談を交えながら日給を受け取りにきた20代の男性社員に数万円を手渡す。同社は月給を基本に、日払いでも給料を受け取れる制度を持つ。男性社員は「趣味のバンドの楽器修理やスタジオ代など、思わぬ出費に使えるのがいい」。規定の書類を社長に提出する必要はあるが、その場で現金で受け取れる。

天候や受注状況で作業日数が変動することもあり、「月により給料が変わる」(浜田社長)。月給でまとめて受け取る社員もいるが、日給を分散して受け取れる形を選ぶ人が多い。「いっぱい働いた月に、あえて給料日前に日給を受け取ると、自分が働いた分だと達成感を味わえる」と別の男性社員は話す。

東京都民銀行は2005年にインターネットを活用した給料前払いサービス「前給」を始めた。仕組みは導入企業ごとに異なるが基本、その月の働いた分を、給料日の前に給与口座宛てに振り込むという内容だ。「月1回の支給日を待っていたら夏休みが終わってしまうよ」。取引先のアルバイト学生のこぼした愚痴を聞きつけてきた商品開発担当者が発案した。

人手不足の対策にも

飲食業や流通業など人手不足に悩む取引先企業650社が導入する。「4、5年前から前給の対象をアルバイト・パートだけでなく正社員に広げる企業が目立ち始めている」と同行。

「たまたま旅行に急に出掛けることになった時に会社の前給制度は助かった。会社や消費者金融から金を借りるのは避けたい。親に頼むのも気が引ける」と大手居酒屋チェーンに勤める正社員男性(30代)は話す。同じ会社の別の男性社員は「ウチは上限10万円と決まっているので使いすぎる心配もない」という。同チェーンは制度を導入して5年。社員の4割が、前給を利用しているという。

ただ好きな時に給料の一部を引き出せるのは便利だが、サービスによっては1回の引き出しごとに6%程度の手数料がかかり、注意が必要だ。

東京都民銀行執行役員の西村浩司さんは「人手不足の業界はどう社員の要望に応えて、働いてもらえるか知恵を絞っている。様々な給料の支払い方法があると事務コストも手間もかかる。でも前払い給与の需要は高まるはず」と見る。

◇  ◇  ◇

月給制、定着したのは戦後

「月給制は戦後日本、製造業の労働者を中心に根付き始めた」(法政大学大原社会問題研究所兼任研究員の金子良事さん)。例えば時代劇などで見る江戸時代、武士の報酬は役職により金額がある程度決められていたものの、月に1度、必ず支給する仕組みではなかった。

働いた対価を通貨で支払う給与制度が登場したのは明治以降であり、月給制は一説には1876年の三菱商会(現在の三菱商事)が始まり。その後広がったといっても、対象となるのは大都市の官僚や大手企業など一部の層どまりだった。昭和になっても戦前までは、大半の市民は一定期間住み込みで働き、報酬を受け取る年季奉公。職人は出来高払いだった。

だから月給制が定着したのは、戦争で社会・経済体制がいったん崩れ、多くの人が毎日、職場に通勤する働き方が一般的になって以降。月に1度、決まった日に支給されるため月給制ができたことで、毎日稼げるか不安だった人々の暮らしも、給料は月に1度必ず入ると安心できるようになったようだ。

ただ月給制は時代遅れなのかもしれない。「正社員といっても将来への不安は大きい。若者には、今もらえる分を確実に手に入れることで安心感を得たいという心理が高まっている」と経営コンサルタントの日比谷陽一良氏は分析する。日払い、週払いOKという多様な支給方式が、受け入れられる可能性は高そうだ。

(佐々木聖)

[日本経済新聞夕刊2017年12月19日付]

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック