茨城県北、つけけんちんそば 具だくさんで濃いめの汁
茨城県の県北地域は昼夜の温度差が大きく、江戸時代からそばどころとして知られてきた。中でも常陸太田市の在来種がルーツであるブランド品種の常陸秋そばは、県内外のそば職人からも高い評価を得ている。同市をはじめ、地元では具だくさんの温かいけんちん汁にそばを付けて食べるつけけんちんが伝統的な食べ方だ。そばやけんちん汁も店によって個性がある。
常陸秋そばは県北地域で栽培されていた在来種の中から金砂郷村(現常陸太田市)の赤土地区で栽培されていた品種が選ばれ、品質の良いものを種子にする選抜育成を重ねてきた。1985年に県の奨励品種となり、県内各地で生産されるようになった。寒さが増し、新そばが出回る頃になると県北で長く愛されてきた郷土料理、つけけんちんそばを出すお店が増える。
西金砂そばの郷そば工房は、地元の主婦たちが中心となって、金砂郷の家庭の味を提供している。自家製味噌としょうゆをベースにしたけんちん汁はやや濃いめ。具は白菜、大根、ニンジン、ゴボウ、シイタケ、コンニャク、ネギ、サトイモ、芋がらと具だくさんだ。具材は店ごとに少しずつ異なるが、どのお店でも芋がらが入るのが特徴だ。
濃いめのけんちん汁はゆでたてのそばを付けて食べると、ほどよい味わい。そばの香りもしっかりとして、一気に箸が進む。
店主の岡崎優美子さん(63)は「そばの打ち方も江戸そばとは違う」と話す。水分は少なめで硬め、切るときに太さを均一にするためのこま板を使わない。昔ながらの家庭の作り方をお店でも再現している。
水戸市から常陸太田市へ車で向かうと、幹線道路沿いの平地には水田があるが、金砂郷地区へと向かうにつれて傾斜地と畑が目立つようになる。もともとこのあたりは葉タバコの栽培が盛んだった。そばは葉タバコとの連作(後作)向けの作物として栽培されてきた。農家ではこのそばを打ち、自分のところで育てた野菜とともに食べたのが、つけけんちんの始まりとされる。
そば処いい友は広大なそば畑に周りを囲まれた中に店を構える。店主の武子英二さん(63)はこの畑で自分でそばを育て、そばの実を石臼でひいてそば粉にして打って出している。「おいしいそばを作るには畑がないとだめ」と武子さんは話す。そば粉をふるいにかける時の網の目は粗めのものを使っている。そばを打つのは難しいが、この方がそばのおいしいところが無駄にならないのだという。
店内に入るとお茶とともにまずそばがきが出され、そのまろやかで優しい味わいを楽しめる。つけけんちんそばも頼めるが、ここではもりそばとけんちん汁という注文のしかたが良さそうだ。もりそばでしっかり自家栽培の豊かなそばの香りを堪能できるとともに、つけけんちんも味わえるから何ともぜいたくだ。けんちん汁に大根おろしがついているのもこのお店の特徴。濃いめのつゆに入れると、味に変化が加わる。
「ひきたて」「打ちたて」「ゆでたて」のいわゆる「三たて」がおいしいそばの条件なのだと実感もできる。
地元では珍しい太い麺のつけけんちんそばを出すのが登喜和家だ。店主の竹之内勝男さん(72)は先代の母親の味を受け継ぐ。太さが5ミリほどのそばは、しっかりとした歯応え。それなのにのどごしがすっきりしていて、そばの風味もしっかりと感じられる。
つけけんちんのつゆは、しょうゆやみりん、砂糖に、焼酎を加えて4カ月寝かせたもの。甘辛い味は太い麺との相性も良い。店を継いだ当初は細い麺だけを出したが、「どうして太麺をやらないのかと言われるほど人気があった」(竹之内さん)という。
米が収穫しにくい山里の傾斜地で地元に定着したつけけんちんそばは、常陸秋そばのブランド化が進むのと合わせ、店ごとに独自のレシピが考案され、個性を競い合うまでになった。冬場が一番の食べごろだが、季節ごとに違う具材を入れて一年中味わえる。春にはタケノコやきぬさや、秋にはきのこが入る。そば処いい友では夏にナスとキュウリを入れて出している。
人口5万人強の常陸太田市には常陸秋そばを扱うそば店が約40店ある。素朴だがぬくもりのある各店ならではのつけけんちんを求めて、ぜひほかの店も訪れてみたい。
つけけんちんそばの具材をいためるのにかつては自家栽培した菜種を搾った油を使っていたこともあった。最近は地元産の菜種を搾油できるところが限られ、菜種油を購入しているお店が多いようだ。けんちん汁に使う調味料にだしやかえしは店ごとに違い、店それぞれの味を生み出している。
茨城県は常陸秋そばの魅力を広く知ってもらおうと毎年新そばが出回る11月ごろからイベントやフェアを展開、「常陸秋そばスタンプラリー」は2018年の2月末まで開催中だ。
(水戸支局長 伊東義章)
[日本経済新聞夕刊2017年12月19日付]
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