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過酷な現実見つめ、物語紡ぐ 中国人作家2氏に聞く

2017/12/19付 日本経済新聞 夕刊

現代中国文学を代表する作家、閻連科と余華が相次いで来日した。混沌とした中国の現実を見据え壮大な物語を創造している2人。アジアから世界を記述しようという意志をにじませる。

■閻連科 小村舞台に世界描く

閻連科(イエン・リエンコー) 1958年、河南省の貧しい農村に生まれる。人民解放軍入隊を経て、80年代から小説を発表。邦訳に「愉楽」「丁庄の夢」など。近刊に「硬きこと水のごとし」。14年にはフランツ・カフカ賞を受賞。

閻連科は主要な作品が邦訳され、ノーベル文学賞の有力候補と目されている作家だ。貧しい村が大都市へと爆発的に発展するさまを描く「炸裂(さくれつ)志」(2013年)など、現代中国を問う大作を精力的に発表してきた。

「中国の現実は複雑で不条理。この国では個人は常に国家の下にあり、存在が押しつぶされる。私はそんな状況下に生きる人間を描いてきたが、海外の読者もまた作品から普遍的な何かをつかんでくれるはずだ」

閻は「神実主義」という考え方を提唱している。奇怪な現実の背後に見えない因果関係があることを感知させるような書き方のことだ。「現代の荒唐無稽な現実を前にして、伝統的なリアリズムでは小説を書くことはできない」と強調する。

中国は表現の自由が規制され、閻の作品も多くが発禁となっている。「最も大切なことは内心の自由だと考えている。自由に考え、発想し、創作すること。発禁もいつかは解除される日が来る。作家は50年後の読者に作品を届けられる。だから私は書き続ける」

日本文学の影響を受けている。「人間の心の奥底の闇を描いた芥川龍之介や徳田秋声、現代の作家では中島京子が素晴らしい。世界の総体を大きく描く中国文学と、世界の細部を鋭く描く日本文学は、お互い学び合い、補い合える」

貧しい農村出身であることが文学観に大きく影響しているという。「私は半ば冗談で『中国は世界の中心で、(故郷の)河南省はその中心で、自分の育った村がその中心だ』と言っている。だから小さな村を描くことで世界を描けると信じている。21世紀の作家は20世紀文学に足りなかったものを探して作品を書かねばならない。それは私の課題であると同時に、若い作家の課題でもある」

◇  ◇  ◇

■余華 底流に普遍性の共鳴

余華(ユイ・ホア) 1960年杭州市生まれ。幼少期に文革を経験し、歯科医としての勤務を経て魯迅文学院などで創作を学んだ。「活きる」は映画化されて話題を読んだ。邦訳に「血を売る男」「ほんとうの中国の話をしよう」など。

余は現代中国を生きる人々を戯画的に描く作品が大きな支持を集めている。文化大革命から開放経済の時代を舞台に、義理の兄弟の運命の変転を描いた長編小説「兄弟」(2005年)は大ベストセラーになった。

「私は中国・アジアの作家として、どんなものでも小説で表現できると示したい。文学とは『人間とは何か』を問う営為。世界のどこで書かれたものであっても、優れた作品からは、何か共鳴するものを読者は引き出せるはずだ」

作風を大きく変えてきた作家だ。「1949年(中国建国の年)以降、中国にはイデオロギーによって標準化された言説しかなく、文学は存在しなかった。私は文革後に初めて文学が豊かなものであると知り、自分の内面から出てきたものを書き始めた。だが社会の急速な変化に目が向き、『兄弟』のような作品を書くようになった」

米紙で時事エッセーを発表。中国社会の姿を生々しく切り取る内容が話題を呼んだ。「中国では書けない中国の話」のタイトルで今年邦訳も出た。「私には発禁になっているエッセーもある。表現の自由をめぐる状況には悲観的だ。特に若い世代の作家には多難な時代が続くだろう。中国の作家はいつか発表するため、作品をUSBメモリーの中に保管しておかねばならない」

余も日本文学から強い影響を受けたと話す。「川端康成は小説には細部が大切だと教えてくれた。樋口一葉や三島由紀夫らにも夢中になり、同時代の作家では、物語と人物造形に大きな魅力がある村上春樹や中島京子に刺激を受けている」

20年がかりの作品を執筆中だという。「20世紀初めが舞台の作品と、文革の時代がテーマの作品の2つを書いている。中国は書くべきことに事欠かない場所だ」

(文化部 干場達矢)

[日本経済新聞夕刊2017年12月19日付]

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