『ミスター・ロン』 豊かな情感とカタルシス
台湾のスター、チャン・チェンを主演に迎えた、SABU監督の集大成ともいえる娯楽作品である。
ロン(チャン・チェン)は台湾の腕利きの殺し屋。ナイフの遣い手だ。いきなり6人のチンピラを、音もなく刺し殺し、斬り殺す。
次の仕事は東京での殺し。ところがこれに失敗する。ヤクザに捕まり、袋だたきにあうが、トドメを刺される寸前に逃走。北関東の田舎町にたどり着く。
廃屋に逃れた重傷のロンの前に少年が現れる。少年は薬、服、野菜を黙ってもってくる。ロンは野菜を器用に刻み、拾った鍋で汁物を調理し、分けてやる。少年が初めて口を開き、中国語で「おいしい」と言う。
少年の母親は台湾人だった。元ホステスでヤクザにシャブ中毒にされていた。ロンは母親から覚せい剤を取り上げ、薬を抜かせる。
近所の住人たちもロンの料理の腕を知り、集まってくる。世話好きな住人たちはロンに家財道具を与え、寺の境内で牛肉麺の屋台を出すように取り計らう。
台湾に戻る船賃が必要なロンは黙って働く。少年も手伝って屋台は大繁盛。健康を回復した母親と3人で穏やかで楽しい日々を過ごす。しかし、その姿をヤクザは見逃さなかった……。
ロンも少年もほとんど黙っている。逃亡中のロンは正体を隠しているし、そもそも日本語を話せない。少年は心を閉ざしている。そんな2人が心を通わせる場面はさながら無声映画のようで、豊かな情感に満ちている。ロンがリヤカーを引き、少年が後ろから押すだけで、映像が雄弁に物語る。構図や色彩の緻密な設計はSABU作品の強みだ。
社会の片隅に生きる人々が作る、温かいユートピア的な共同体もSABU作品らしい。そしてチャン・チェンが十数人のヤクザ相手にナイフ一丁で戦う圧巻のアクション。そのカタルシスもまたSABUの真骨頂だ。2時間9分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年12月15日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。