小樽のあんかけ焼きそば すしにも負けない観光名物
運河や赤れんが倉庫など開拓時代の雰囲気を残す観光の街、北海道小樽市。すしがおいしいことで知られるが、今や観光客の食の目当てはそれだけではない。すしに並ぶ名物として注目を集めているのがあんかけ焼きそばだ。
小樽を代表するあんかけ焼きそばの老舗が中華食堂、五十番菜館だ。1959年に創業し、国内外から観光客も多く訪れる。五目ヤキソバ(あんかけ)を頼むと焼き目が付いた麺(めん)が隠れるほどあんがかけられていた。小樽のあんかけ焼きそばといえばよく焼いた麺と多めのあんが定番なのだという。五目ヤキソバは食べると口の中に優しい甘みが広がる。砂糖は使わずに野菜から甘みを引き出しているそうだ。
出張で立ち寄った留萌市の男性会社員(55)は「小樽出身で子どものころよく食べた。変わらない味にホッとする」と目を細める。店主の沢田寛さん(62)は「受け継いだ味を変えないようにしている」と話す。
「北の商都」として栄えた小樽には戦前、多くの料理人が集まりホテルや旅館で腕を振るっていた。その料理人たちが戦後の復興期にそれぞれ洋食店や中華料理店などを開いていく中で、あんかけ焼きそばは生まれたとされる。起源として有力なのが中華料理・梅月で提供された五目あんかけ焼きそばだ。梅月は多くの料理人を送り出した中華料理の普及拠点でもあった。
中華食堂、かたのの店主、片野栄一さん(65)もホテルで修業を積み、独立した一人だ。「焼きそばといえばあんかけ。小樽で中華をやるなら外せないメニューだった」と話す。あんには豚骨や鶏ガラなどからだしを取ったラーメンスープを使う。ボリュームがあるがラーメンスープをベースにした甘じょっぱい味付けではしが止まらない。15分ほどでぺろりと完食した。
圧倒的なボリュームと品数の豊富さで知られるのが大衆食堂、龍鳳だ。通常サイズで麺を2玉使う。スポーツ強豪校の学生から「量が足りない」という声が上がりサービスするうちに麺2玉が通常サイズとして定着したという。
現在のニューオータニイン札幌での修業を経て、父親から店を引き継いだ店主の太田友樹さん(47)はしょうゆと塩が主流とされるあんかけ焼きそばで新メニューを次々と開発。飽きさせないため今ではエビチリや味噌など約20種類を展開する。ネーミングのインパクトにもこだわり味噌は「G・B・H焼きそば」(グレイト・ブラボー・ハッピー焼きそば)だ。太田さんは「新しいメニューは常に考えている」といい、足を運ぶたびに違った味わいを楽しむこともできそうだ。
あんかけ焼きそばの提供は市内の中華料理店にとどまらず、温泉・水族館・バーなど多岐にわたる。ホテルのアラカルトメニューではなかなか見かけない「焼きそば」も、グランドパーク小樽では広々とした空間で海を眺めながら菅原嘉一アシスタントシェフ(34)が開発した「黒」と「白」2種類のあんかけ焼きそばを楽しむことができる。
「白」こと白い海鮮あんかけ焼きそばは北海道産生クリームを使い、濃厚な味わいに仕上げた。自家製のエビオイルを加えることで食べている途中で味の変化も楽しめる。宿泊客だけでなく周辺に住む小樽市民も食べにくるといい、アラカルトメニューの中で売り上げ上位を誇るという。
ゼミ生があんかけ焼きそばの歴史も研究している、小樽商科大学の江頭進副学長は「あんかけ焼きそばは小樽の街と歴史を象徴する食べ物」と話す。あんかけ焼きそばは小樽経済の後退とともに一時姿を消した。地元のタクシー会社、トンボハイヤーの坂田理社長が2012年に市民団体「小樽あんかけ焼そば親衛隊」を発足。あんかけ焼きそばを街おこしに活用したことで風向きが大きく変わった。ご当地グルメの祭典「B-1グランプリ」に出場するなど精力的に活動し、認知度が全国的に高まった。
小樽は観光都市として全国的に有名だが、観光客の平均滞在時間は4時間を切るという。すしや海産物のほかに名物があれば昼と夜で2食楽しもうという動きも生まれ、滞在時間の延長が期待できる。目標は7時間。あんかけ焼きそばは小樽経済を活性化する起爆剤となりそうだ。
ソウルフードであるあんかけ焼きそばを調査することで小樽の経済変化などを読み解こうと、小樽商科大学の江頭進副学長(経済学)は学生とともに2013年と17年に「小樽あんかけ焼きそば事典」を刊行した。17年版は2000部の販売を目指す。4年間で、梅月や福来軒などの老舗が閉店したが新たな提供店も生まれているという。
江頭ゼミの2~3年生約10人が中心となり、提供店の取材・撮影を手がけた。江頭ゼミ生の河野美佑さん(21)は「小樽では若い世代にも浸透しつつある」と話した。
(札幌支社 鷹巣有希)
[日本経済新聞夕刊2017年12月12日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。