親を介護するため、転勤への配慮を勤務先に申し出る男性社員が目立ち始めた。辞令一つで転勤を繰り返してきた企業戦士も、介護問題に直面すれば仕事と生活の両立に悩む。働き盛りに介護退職されては会社も痛手。老いた親を近くで世話したいという希望に応えるために実家近くの職場に転居させたり、転勤をしばらく免除したりするなど会社側も支援を始めている。
「父は今、82歳。母に先立たれてからも元気だったのに80歳を超えてから心身ともにガタッときた」と日本政策金融公庫の男性管理職Aさん(53)は話す。
当時は東京の自宅に実父と妻、2人の子どもを残して、静岡に単身赴任中だった。独りで風呂に入れなくなり、トイレ介助も必要になった。会社に事情を伝え、2016年4月に東京勤務に変えてもらうと同時に、しばらくは転勤を免除してもらった。「金融機関で働く以上、全国転勤は覚悟のうえ。でも、父の介護は自分でしたい」
日本政策金融公庫は09年に転勤特例制度を導入した。家庭の事情に配慮し、希望地への転勤や転勤猶予を認める。現在約340人が利用中。「当初は子育てや結婚を理由にした女性の申請がほとんどだった。ここ数年、親の介護を理由に利用申請する男性が急に増えた」(人事部)。
介護を理由に仕事を辞める介護離職は年間10万人を超えている。国は今春まとめた働き方改革実行計画のなかで「介護離職ゼロ」を目標に掲げた。
介護休業の拡充などが進む一方で、転勤問題は対応が遅れている。日本企業の“正社員”は辞令一つで全国・海外のどこへでも転勤するのが常だった。育児や子育てには関わってこなかった男性も、親の介護となれば妻任せにできない。
紳士服販売会社に勤めるBさん(41)は14年に実家近くの神奈川県にある店舗に希望して転勤した。父親(74)が脳梗塞で倒れたためだ。「父は自分の弟と、息子である私を混同したり、退職した職場に突然出掛けたりするなど意識と記憶が混乱。母に世話を任せていられなくなった」
共働きなので妻に負担も掛けられない。幸運だったのは会社が14年に勤務エリアを社員が希望できる仕組みを導入したこと。勤務地を神奈川県エリアに切り替え、中学生の子どもと一緒に実家近くに引っ越して、介護体制も整えた。「エリア限定に替えて、収入は月5万円減った。でもいつ転勤辞令があるかと心配しなくてすむ」と喜ぶ。
ニチレイフーズは15年に管理職を対象に勤務地を自由に選べる制度を導入した。部長・課長といった肩書は返上するが、仕事内容は極力変えない。経験や能力と比べて職務を軽くしすぎると、仕事へのやりがいを失う恐れがあるからだ。
中日本地域に勤務するCさん(57)は11月に転勤免除を申請した。「今の勤務地に妻の実家がある。84歳の義母が障害を持つ義理の弟を世話しながら暮らしている。これからは私たち夫婦で2人をみたい」
現在はチームリーダーとして部下を持つ。正式な発令は来春だが、転勤免除になっても部下を管理監督する役割から外れる以外は今の業務と変わらない。「今の仕事に満足しているので安心して申請できた」。群馬、千葉、東京、金沢、長野、名古屋と転勤続きの人生だった。「最後の住まいは自分で決めたかった」と話す。
15年の要介護認定者で要介護3以上の人のうち、特別養護老人ホームなど施設利用者は100万人。残る124万人が在宅介護を受けている。在宅介護は今後も増え、25年に163万人に達する見通しだ。野村総合研究所制度戦略研究室長の梅屋真一郎さんは「介護で働けない人がこのままでは急増する。勤務地や時間にとらわれず働ける環境を企業は早急に整えないと、貴重な働き手をいずれ失う」と主張する。
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企業 離職防ぐ手立て模索
独立行政法人の労働政策研究・研修機構(東京)の「企業における転勤の実態に関する調査」(2017年)によると、転居を伴う転勤がある企業のうち、84%は家庭の事情を踏まえて転勤に関する配慮を社員が申し出る制度・機会をもっている。
過去3年間の配慮理由をみると、男女ともに「親等の介護」が1位。特に男性は75%にも上っており、様々な両立問題の中でも仕事と介護の両立は男性も避けられない喫緊の課題となっている。
エスビー食品は2009年に育児や結婚、介護など家庭の事情によって転勤を免除する仕組みを導入した。現在総合職の利用者は二十数人。うち6割が男性で、その半数が介護理由だ。「親の介護に直面する年代は会社の中でも働き盛りの時期。介護離職は避けたいが、介護を理由にミドル層を異動させられなくなるなど組織が硬直化するリスクもある」(人事総務室)
団塊世代は今後順次75歳を超える。団塊世代が要介護となるのも、彼らの子ども世代が管理職に就くのもこれからが本番だ。介護離職を防ぐには転勤猶予制度は有効だ。ただ介護は子育てと違い、いつまで続くか先が読めない。どこまで手をさしのべるのか。企業も答えを模索している。
(編集委員 石塚由紀夫)
[日本経済新聞夕刊2017年12月11日付]