『アランフエスの麗しき日々』 美とポエジーの昂揚
永遠の青年のように見えたヴィム・ヴェンダース監督も今年で72歳。青春の彷徨(ほうこう)を描いた『都会のアリス』などの傑作からもう40年以上も経(た)つのだ。その長い経歴のなかでも本作は異色で、〈純粋映画〉の試みというべき、高度な方法意識に貫かれた作品である。
題名にアランフエスとあるが、あのスペインの土地は出てこない。舞台はフランスのパリ郊外にある、伝説的な舞台女優サラ・ベルナールの暮らした美しい田園のなかの別荘だ。主な登場人物は3人。戯曲を書きつつある作家と、その戯曲に登場する男と女。作家が執筆する戯曲を、この男と女がその場で演じ始める。
たえず動きつづける魔術的なカメラワークに目を奪われるが、物語らしい物語はほとんどない。女の性的な初体験の話から始まって、人間の生や宇宙の本質に触れる経験や記憶が、哲学的な散文詩の連続のようにくり広げられる。
驚くべきは画面の深い美しさだ。緑豊かな中庭、木々のざわめき、青空、光の照り翳(かげ)り。男女の会話で「時を超えた最後の夏の日」のことが何度も語られるが、あのボードレールの詩句「さらば夏の光よ」を想起させる美しさなのだ。汎神論的恍惚(こうこつ)を感じさせるといっても過言ではない。
この画面の素晴らしさには技術的な裏づけがある。本来この映画は3Dで撮られている。ヴェンダースの3Dの卓越した美しさは、舞踏家ピナ・バウシュを題材にした記録映画『ピナ』ですでに実証済みである。
後半に向かって、高く昇った日が陰るように、徐々に光がオレンジ色がかり、重さを増していく。もしかしたら、これは本当に世界の終わりを前にした二人の男女の会話ではないかと思われてくるのだ。その暗いポエジーの昂揚(こうよう)が見どころである。ルー・リードなどの音楽も極めて効果的に画面を彩っている。1時間37分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2017年12月8日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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