『火花』 狂気抱えた青春の熱
芥川賞を受賞して、ブームをまきおこした又吉直樹の小説を映画化。監督に又吉の先輩のお笑い芸人であり、俳優であり、映画監督としても「板尾創路の脱獄王」(2010年)、「月光ノ仮面」(12年)ですでに非凡な才を見せている板尾創路(いつじ)。題材にとって、これほどうってつけな監督はない。
20歳の漫才師、徳永(菅田(すだ)将暉)は、熱海の花火大会のそえものの野外演芸に出演したとき、4歳上の神谷(桐谷健太)と出会う。神谷の笑いに対する果敢で探求的な姿勢とセンスにつよくひかれた徳永は、彼を師匠と仰ぐ。
それから約10年間。笑いを追究する2人の懸命な日々がえがかれる。吉祥寺のハモニカ横丁でのんだり、井の頭公園を歩きながら、カネもなく笑えないリアルな日常のなかに、笑いの火花をおこそうとする神谷とそれをうける徳永。彼らにとっては日々是漫才。
ことばのクンフー修行のようであり、新しい芸術運動を勃興させようとするわかき芸術家たちでもあるような真剣さがみなぎる。
真剣にくだらないことを言い、普通でないことをするのが笑いの探求。あまりに熱心に、求道的にこれをやると、狂気に近づく。
そうした狂気をかかえて生きる青春の熱とタフさがせつなくつたわってくる。
この映画化が迫力をもつのは、そんな狂気の熱をもったわかものたちが、主人公2人だけでなく、社会のなかに一定の層を形成していると無言のうちにしめしていることだ。ネタ見せの場面等にあつまる、本物のまだ売れていない芸人たちのツラ魂と空気。吉本興業製作ならではのドキュメントである。
エンディングで主演2人がうたう、ビートたけしの「浅草キッド」がそうであるように、これはすぐれた青春映画であると同時に、すべてのお笑い芸人たちにささげる歌でもあるだろう。2時間1分。
★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2017年11月24日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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