『ゴッホ 最期の手紙』 油絵が動くダイナミズム
黒澤明は「夢」で敬愛するゴッホの絵画の中に入り込み、その絵を動かしてみせた。富士山麓に建てた跳ね橋の下で女たちに洗濯をさせ、北海道の麦畑で本物のカラスを飛ばした。そんな黒澤が見たらびっくりするであろう、油絵が動くアニメーションである。
物語はミステリー仕立てでゴッホの死の謎に迫る。アルルの青年アルマン・ルーランは、郵便配達人である父ジョゼフから手紙を託される。1年前にパリ郊外のオーヴェールで自殺したゴッホが弟テオ宛に書いたまま、出し忘れた手紙だ。
アルルでの画家の評判は悪かった。アルマンはパリに出て、画材商のタンギーじいさんにテオの死とゴッホの半生を聞かされる。死の真相を知りたいアルマンはオーヴェールを訪ね、宿の娘アドリアーヌや主治医のガシェに会う……。
ゴッホが描いた人物が次々と登場し、生々しく動き出す。「星月夜」「オーヴェールの教会」など、ほとんどそのまま再現した絵画は94点。31点が部分的に引用されているという。
制作工程がすごい。まず第一線の俳優たちが、絵に似せたセットか合成用のグリーンバックを背景に役を演じ、実写映画を撮影する。その映像を最新システムでカンバスに投影し、ゴッホのタッチを習得した125人の画家が油彩で描いた。油絵は1秒12コマで、計6万2450枚にのぼる。
まさにゴッホの絵が動き出すダイナミズムがこの作品の最大の魅力だ。ゴッホの人生を描いた映画は数多いが、画家が抱いたイメージの再現として、これ以上に忠実な方法はなかろう。
「動く絵」である映画の原初的快感も呼び起こす。公開中の「リュミエール!」が示す通り、始源の映画の題材の多くは、列車にしろ、カード遊びにしろ、ゴッホと同時代の画家たちの題材と重なるからだ。監督はポーランドのドロタ・コビエラ。1時間36分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年11月10日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。