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味の競演 笠間いなり、そばやクルミも具材に

2017/11/7付 日本経済新聞 夕刊

「つたや」のそばいなりを目当てに他県から訪れる人も多いという

 陶芸の里として知られる茨城県笠間市。日本三大稲荷(いなり)の1つである笠間稲荷神社には全国から参拝客が訪れており、9月末には茨城県出身の横綱、稀勢の里が奉納土俵入りを披露した。地元では稲荷神社にちなんだいなりずしが長く親しまれてきたが、最近は一風変わった「笠間いなり寿司」が人気だ。そばやクルミなどを具材に使う「変わり種」が特徴で、街おこしに貢献している。

 地元産の御影石「稲田石」の石畳が敷かれた笠間稲荷門前通り。商店街ににぎわいをもたらそうと昨年、アスファルト舗装から取り換えられた。昔ながらの商店が多く、風情を感じる通り沿いには「笠間いなり寿司 加盟店」と書かれたのぼりが目に入る。笠間いなり寿司のキャラクター「笠間のいな吉」も描かれた。

 「創業明治八年 つたや」の看板が目に入る。つたやはそば店だが、参拝客らに人気のいなりずしが食べられると聞き、のれんをくぐった。「うちのいなりずしはこの1品だけです」。店主の田中邦治さん(45)が紹介したいなりずしは、酢飯のかわりにそばを油揚げで包んだ「そばいなり」。1960年(昭和35年)から作り続けてきた。

 茨城県の名産で、甘みや香りに特徴がある「常陸秋そば」を打ち、油揚げの中に詰めた。慣れた料理人なら1個30秒で作れるという。大きすぎず、小さすぎず。ひょいとつまめるサイズで食べやすそうだ。

 かむと、そばがパラパラとほどけるような食感がする。そばは詰めすぎず、空気を含んだように軽いので何個でも食べられそう。油揚げは少し濃いめの味つけで、そばの香りに合う。「そばの量に気をつけている。これがベストの量」と田中さんが説明する。

 そばのいなりは笠間市以外でも食べられるが、つたやが全国でも先駆けなのだという。以前、店員らが花見に「遊び感覚で」そばいなりを持参したところ、おいしいと評判に。それからは店で提供を始めた。今や他県からこれを目当てに訪れる人もいるという。

いなりずしを握る「柏屋」店主の沼田さん。菜の花いなりは人気がある

 門前通り沿いのそば店、柏屋は1897年(明治30年)の創業だ。テーブルには色とりどりのいなりずしが並んだ。酢飯に菜の花、クルミを含めたものや、そばいなり、地域イベント用のクリのいなりもある。クリのいなりはニンジン、マイタケなどで彩られる。

 人気の菜の花いなりは、口に入れると少しピリッとする。ゆでた菜の花を辛子であえた。しょうゆやみりん、砂糖で味つけした油揚げによく合う。酢飯には地元産コシヒカリ。クルミはそばつゆとともにフライパンでいためるなどで、香ばしさを増した。甘くてさっぱりした仕上がりだ。

 かつてこの地にクルミの密林があったため、笠間稲荷神社は「胡桃下稲荷(くるみがしたいなり)」とも呼ばれている。歴史にちなみ、門前町などではいなりの具材にクルミを入れる店が多い。

 持ち帰り専門店、二ツ木のいなりはこだわりの「くるみ稲荷ずし」だけ。油揚げが甘辛く、砕いて煎ったクルミと白ごまをご飯に混ぜた。絶妙な味のバランスでスナック菓子のような感覚で食べられる。店主の林敦さん(53)は「油揚げの味つけに一手間、二手間かけている」と話す。

 厳選したクルミは米カリフォルニア産。同店のくるみ稲荷ずしは1999年「カリフォルニア・ウォルナッツコンテスト」の料理部門で金賞を受賞した。クセになる味はファンが多く、幅広い地域に常連客を抱える。

 年間300万人を超える笠間観光の中心を担ってきた門前通り。だが、多くの観光客が神社参拝後、街中をあまり歩かずにすぐ帰ってしまう課題があった。そこで笠間市などは「昔から地元で親しまれるいなりずしで街おこしを」と、2005年に推進会議を立ち上げた。いなりの形や味に決めごとはなく、自由な形での参加を商店に呼びかけた。

 推進会議は「笠間いなり寿司いな吉会」に変わり、様々なイベントなどで笠間いなりのPRに奔走している。2月のイベントでは過去最長の約72メートルのいなりずしをつくった。「今では門前町で年間50種類ほどの笠間いなりが食べられる」といな吉会代表の菅井敏幸さん(52)は話す。参拝ついでにふらっと店に立ち寄れば、お気に入りのいなりに出合えるかもしれない。

<マメ知識>笠間、坂本九さんと深い縁
 笠間観光協会のホームページで「笠間の偉人」を見ると、最初に紹介されるのが「上を向いて歩こう」などの名曲を残した歌手の坂本九さん。戦時中の幼少期、笠間市にある母の実家に疎開しており、笠間稲荷神社では結婚式を挙げた。今でも佐白山ろくには坂本さんが家族とともに疎開生活した住居が残り、近くには歌碑もある。
 柏屋店主の沼田淳二郎さん(76)は坂本さんと同級生だった。今も思い出を胸に牛肉やネギを使った「九ちゃんいなり」を作り、イベントなどで提供しているという。

(つくば支局長 山本優)

[日本経済新聞夕刊2017年11月7日付]

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