明るく、分かりやすい! 昭和の大衆小説が再ブーム
獅子文六、源氏鶏太ら昭和前期の人気作家の小説が文庫などで復活、好評を博している。幅広い世代に向けて書かれた大衆小説は分かりやすく、読むと明るい気持ちになれるものが多い。
2013年からちくま文庫で順次復刊されているのは『てんやわんや』などで知られる獅子文六(1893~1969年)の小説。発行部数が10点合計で23万部を超え、ブームともいえる様相を呈している。
獅子は昭和前期の人気作家で、劇団文学座の創立メンバーの一人。多くの作品が映像化され、『娘と私』はNHK連続テレビ小説(朝ドラ)第一作の原作だ。NHKは今夏も『悦ちゃん』をドラマ化した。
しかし、没後しばらくすると、作品は書店から姿を消した。それをちくま文庫が復刊。『コーヒーと恋愛』を皮切りに『てんやわんや』『自由学校』などを出版した。40代を中心に主に女性に読まれており、『七時間半』などあまり有名でない小説も人気だという。
「題材は普遍的」
筑摩書房の担当編集者の窪拓哉氏は学生時代から獅子が好きで、古書店を回ってコツコツと本を集めていたという。「読みやすくて恋や親子など普遍的な題材を扱っている」と魅力を語る。復刊にあたっては、表紙デザインに人気イラストレーターらを起用。宣伝文句にも「キュート」「ポップ」といった言葉を使い、今も楽しめる小説であることをアピールした。
このブームに他の出版社も追随。この夏~秋は獅子の作品が朝日文庫(朝日新聞出版)や河出文庫(河出書房新社)からも出た。
ちくま文庫はサラリーマン小説で人気を博した源氏鶏太(1912~85年)の小説も復刊させている。『青空娘』『最高殊勲夫人』に続いて11月には『家庭の事情』が出る。
光文社時代小説文庫は6月に川口松太郎(1899~1985年)の『鶴八鶴次郎』を出した。1935年の第1回直木賞受賞作で、劇団新派の舞台でも有名だ。明治~大正期に人気のあった新内語りの世界を描いた芸道小説で、男女の恋と意地を描いた粋で悲しい物語。ほか2編を収録している。高齢の読者からは「またこの小説を読めるとは思わなかった」と感謝の声が寄せられたという。
映画から原作に
「オンデマンド印刷」にも目を向けると復刊はさらに増える。ゴマブックスは著作権が消滅した作品を、需要に応じて簡易な書籍の形にしてアマゾンを通じて販売しているが、そこに長谷川伸(1884~1963年)の戯曲『瞼(まぶた)の母』や小説『討たせてやらぬ敵討(かたきうち)』が含まれる。好評のため、1月には大活字版も刊行した。
昭和前期の人気小説は、映画化や舞台化されることが多かった。『鶴八鶴次郎』は成瀬巳喜男監督らが、『青空娘』は増村保造監督が映画化している。長谷川伸の作品も繰り返し映画化、舞台化された。これを名画座などで見て原作に興味を持ち、今回の復刊につなげたという編集者は多い。
こうした作品からは「全世代、誰にでも楽しめる強さを感じる」(筑摩書房の窪氏)という。川口作品を担当した光文社の高林功氏は「現代小説ではあえて書かずに読者の想像に任せるような心情も書くのでストレートに感動できる。舞台や芸道の世界を知っている作家ならではの、音や呼吸も感じられる」と話す。
平成の今は純文学やミステリー、SFなどジャンルによって読者が分かれる傾向にある。しかし昭和前期は、幅広い層が読む「大衆小説」が元気だった。そこでは戦争など暗い影も残る社会でたくましく生きる人々が描かれることが多く、人間の心の闇よりも、ユーモアや、筋を通す生き方の美学が大切にされた。
こうした大衆小説の人気について、小説誌「小説新潮」の元編集長で、文芸評論家の校條(めんじょう)剛氏は「刺激的な現在のエンターテインメント小説に比べると、昭和期の大衆文学は味わいがまろやかで、心地よい読後感がある。それがギスギスした時代にはかえって新鮮に感じられるのではないか」と分析する。
[日本経済新聞夕刊2017年10月30日付]
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