アート作り、五感使う認知症ケア 家族の癒やしにも
家族の癒やしにも
認知症のケアや予防にアート制作活動を取り入れる動きが広がっている。脳を活性化させ、作品について互いに話すことでコミュニケーションを促す。当事者だけでなく家族も参加し、介護を行う家族のケアにつなげる活動もある。
「絵を描くなんて、子供の時以来で楽しい」。9月下旬、京都府立医科大学(京都市上京区)の会議室で、同大学病院を受診する認知症患者4人と同伴の家族らがアート作品の制作に取り組んだ。
2006年に発足した「京都〈臨床美術〉をすすめるネットワーク」が病院の神経内科と共に09年から始めた講座で、講師は民間資格「臨床美術士」を持つメンバーだ。患者と家族は別のテーブルに分かれ、家族も同時に制作する。冒頭、緊張をほぐすためスタッフらが自己紹介して全員と握手した。
この日のテーマは芸術家、ピカソの絵画を参考に、目、鼻、口などのパーツを自由に貼り合わせて顔の絵をつくるというもの。画家で同会代表を務めるフルイミエコさんは「制作を楽しむだけでなく、作品が残るので、家族との会話のきっかけにもなる」と話す。
介護などに追われる家族にとっても、作品づくりに集中することが癒やしとなるという。
7年前に認知症を発症した母(88)と参加した京都市右京区の主婦(56)は「これまで不安になって沈みがちだった母だったが、褒めてもらうことでうれしそうな表情を浮かべ、明るくなった」と変化を感じた。「一緒に参加することが何より楽しい。自分の認知症予防にもつなげたい」と笑みを浮かべた。
大阪市中央区の絵画教室「ホビーズクラブ」は市内のデイサービスで月に1回、「アートワーク」を開催する。認知症患者に限らずデイサービスを利用する人が対象で、手を動かし、記憶を呼び起こす要素を入れながら立体作品づくりや描画など毎回違う制作活動に取り組む。
9月下旬の活動には60~90代の10人以上が参加。巨大な和紙を囲み、筆や参加者が丸めた新聞紙を使って墨であぜ道を描いた。全員で草や花を描いた後、各自がかつての田舎道を思い出しながらウサギやトンボなどを描き込む。講師の堀井陽子さんは「認知症が進むと真っすぐ線を引けなくなるなど、変化に気付くきっかけにもなる」と話す。
完成後はお茶会を開き、互いの絵を褒めたり思い出を語り合ったり。意見交換を楽しんでもらうことも目的の一つだ。参加者の野神保子さん(87)は「褒めてもらえるとうれしいし、『この人がこんなすてきな絵を描くんだ』と発見があるのも面白い」と話す。
若年性認知症のケアにも活用されている。東京都江戸川区の特別養護老人ホーム「なぎさ和楽苑」は15年から毎月1回、若年性認知症の患者や家族を対象に美術制作会「あしたばアート」を開催している。約1時間半かけて作品をつくり、スタッフを含めた全員で「品評」し合う。
9月の題材はカボチャ。重さや断面の色、香りや触感などを五感を使って確認し、クレヨンや絵の具など思い思いの道具で描画した。「感性を刺激すると、家族も知らなかった一面が出てくることもある。品評会ではどういった点がいいと思うかなど会話が飛び交う」(担当者)という。
当初は大学の研究協力として2年間の予定だったが、参加者からの要望に加え、職員教育にも役立つことが分かり、継続を決めた。
「認知症の人に対して職員は手を貸しがち」という担当者は「作品づくりは本人の主体性が大前提になるので、職員がケアの仕方について考えるとともに、コミュニケーション技術を身につける場にもなる」と話す。今年からは高齢者向けのデイサービスでもアート制作を始めたといい、活動の幅が広がる。
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創作通じて自信回復 普及へ科学的証明課題
京都府立医大の水野敏樹教授(神経内科)によると、認知症などの高齢者を対象とした創作活動は本人の自信回復につながるといった好影響が見られる。一方で効果を客観的に評価することが難しいという。
認知症では脳の機能が全て失われるわけではなく、脳の別の部位が補うことで絵を描くなどの創作活動は可能だ。水野教授は「大脳の抑制機構が働かないことが、独創的な作品の誕生につながることもある」と指摘する。
「軽度の認知症では本人も脳機能の低下を実感していることが多い」と水野教授。それが原因で鬱気味になるなど介護者との関係に亀裂が生じることもあり、創作や鑑賞会を通じ本人が自信を持つことの意義は大きいという。
創作活動は説明を受けるなどの「入力作業」から、自分で考え作品に表現する「出力作業」までで完結する。脳の活性化につながるとみられる一方、効果についての科学的な証明はまだなく、普及に向けた課題となっている。
(宗像藍子、加藤彰介)
[日本経済新聞夕刊2017年10月19日付]
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