アート&レビュー

映画レビュー

『あゝ、荒野』 世相織り込み物語に奥行き

2017/10/6付 日本経済新聞 夕刊

 亡き寺山修司が唯一書いた長編小説の映画化。原作は1960年代半ばの新宿を舞台にしたボクシング小説だが、物語の骨子を受け継ぎながら、近未来の新宿に置き換え、前後篇(へん)5時間超の長尺でリアルかつ骨太に描き出している。

東京・新宿の新宿ピカデリーほかで 前篇は7日、後篇は21日公開(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

 2021年の新宿。少年院を出所した新次(菅田将暉)は、裏切った仲間への復讐(ふくしゅう)心に燃えている。だがその仲間がプロボクサーになっているため、場末でボクシングジムを経営する片目の堀口(ユースケ・サンタマリア)に誘われ、彼のジムに加入する。

 一方、理髪店で働く建二(ヤン・イクチュン)は、吃音(きつおん)障害と赤面対人恐怖症のため孤独な身の上。韓国人の母親は幼い頃に亡くなり、元自衛官で身勝手な父親と暮らしてきたが、彼の横暴さに耐えきれずに家を飛び出し、堀口の誘いでジムに入る。

 前篇は2人がトレーニングに励みながら関係を深めていき、やがてプロテストに合格してデビュー戦を迎える。そんな2人の関係に、新次と恋人の出会い、新次の母親との再会、「自殺抑止研究会」という学生団体などが絡まり、登場人物の謎めいた関係が物語を膨らませていく。

 原作と映画には半世紀の隔たりがあるため、映画独自の設定がある。例えば日韓のハーフである建二の出自、新次の母親の存在、主人公2人の父親の関係、3.11の被災者である新次の恋人など、世相を織り込むことで物語に奥行きが加わり楽しめる。

 後篇は人物関係が鮮明になる中、ボクシング試合が主軸となるが、菅田もイクチュンも肉体を鍛えて体当たりで熱演、試合シーンは見応えがある。前作「二重生活」で長編デビューした岸善幸監督は、手持ちカメラを駆使しつつ、俳優の現場感覚を尊重した演出で豊かな現実感を生み出している。前篇2時間37分、後篇2時間27分。

★★★★

(映画評論家 村山 匡一郎)

[日本経済新聞夕刊2017年10月6日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

アート&レビュー

ALL CHANNEL