米沢牛 寒暖差がうまさの秘密 口の中で霜降りとろり
米沢牛は松阪牛、神戸牛などと並ぶ高級ブランド牛だ。山形県南部、米沢市を中心とする置賜(おきたま)地方が産地の黒毛和牛。一度は味わってみたいと誰しも思う牛肉はどう生まれたのか。米沢牛を生んだ風土と歴史も味わい深い。
米沢牛は3月、地理的表示(GI)に登録された。農林水産物や食品を地域ブランドとして保護する国のお墨付きだ。牛肉では「神戸ビーフ」「但馬牛」(いずれも兵庫県)に続き「特産松阪牛」(三重県)「前沢牛」(岩手県)との同時登録となった。(1)置賜地方3市5町で飼育(2)黒毛和種の未経産の雌牛(3)生後月齢32カ月以上――などを満たすものだけが認められる。
特徴はきめ細かな霜降りと、低い融点(脂の溶ける温度)。口の中でまろやかにとろけ、脂っぽさが残らない。
繁殖農家は少なく、子牛を買い入れて大事に育てる肥育農家が中心。昼夜・夏冬の寒暖差の激しい気候で家族同様に大切に育てられることでおいしい肉を生むという。「寒暖差が大きいほどおいしくなるのは野菜・果物も同じ」(JA山形おきたま米沢牛振興部会長の松木和夫さん=65)。
米沢の老舗牛肉店、登起波(ときわ)の5代目店主で「米沢牛物語」の著作もある尾崎仁氏(45)によると、米沢牛を使った料理は、すき焼きから始まり、その後、ステーキ、焼き肉へと広がり、しゃぶしゃぶが加わったそうだ。
源流は江戸時代にさかのぼる。現在の岩手県で砂鉄が発見され、生産された南部鉄は牛に背負われて新潟県三条まで運ばれた。帰路、牛は街道沿いの村々で売却され、置賜地方はそのルート上にあった。農耕、運搬、採肥に使える牛を大切に育てた。
明治初期、米沢に語学教師として招かれた英国人チャールズ・ヘンリー・ダラスが、横浜に戻る際、牛を連れ帰って知人に振る舞ったところ、そのおいしさが評判となり、米沢牛を一躍有名にした。米沢藩主、上杉鷹山(ようざん)公をまつる神社のそばに顕彰碑がたつ、米沢牛の恩人だ。
米沢牛はどこに行けば食べられるのか。米沢牛は生産頭数が限られ、多くは地元で消費されるが、地元の人々も口にできない高根の花ではある。米沢牛を使った牛丼やラーメンもないわけではないが、普通の牛丼やラーメンより結構値が張る。どうしても安くあげたい人には、米沢牛コロッケぐらいしか見当たらない。口にするのは宮城、福島など近隣県を含め、米沢牛を求めて来る観光客などが主役を占める。
米沢市内には17店が加盟する「米沢牛のれん会」があるが、歴史を感じながら米沢牛などの料理を楽しめるのが登起波と上杉伯爵邸、米沢牛黄木(おおき)といった店だ。
登起波は1894年創業で米沢最古の老舗。秘伝のタレは割下に隠し味として味噌を入れてある。「エサだけでサシ(白い脂身)を入れた牛肉はくどくて食べられないが、細かくサシが入った米沢牛は口の中でとろける感じ」(尾崎仁社長)
観光スポットにもなっている風格のある邸宅で米沢牛を味わえるのは上杉伯爵邸だ。96年旧米沢城二の丸跡に上杉家14代当主の茂憲伯爵の邸宅として建てられ、大正時代に焼失後、再建されたのが現在の建物だ。大広間など邸内9カ所が国の登録有形文化財に指定されている。
会食ができる上杉伯爵邸では、日本庭園を眺めながら米沢牛をステーキ、すき焼き、しゃぶしゃぶのコース料理で食べられる。米沢藩主、上杉鷹山が飢饉対策として食用にもなる生け垣として奨励したウコギの新芽を使ったうこぎご飯や山形名物、芋煮などの郷土料理も味わえる。
1923年創業の黄木は一頭買いによる仕入れだけでなく、自社牧場で米沢牛を肥育しているのが特徴だ。併設する米沢牛黄木直営レストランの金剛閣は2階が焼肉、3階がすき焼き・しゃぶしゃぶ、4階がステーキとフロアごとに、米沢牛の料理が楽しめる。米沢市内だけでなく、東京駅構内の飲食店街、黒塀横丁にも出店している。
米沢に行かずして米沢牛を食べる方法がないわけではない。通販で購入する以外では、ふるさと納税だ。人気の返礼品となっている。
米沢牛の出荷頭数は年2800頭。他のブランド牛と比べ少ない。米沢牛銘柄推進協議会(会長・中川勝米沢市長)では3000頭への拡大をめざし、「米沢(置賜)生まれ米沢(置賜)育ち」も増やしたい考えだ。
ただ、高齢化、後継者難で飼育農家は減少。口蹄疫(こうていえき)や東日本大震災の影響も加わり、子牛価格は80万円に高騰、肥育農家の松木和夫さんによると飼料代、電気代などもかかるため、売値は120万円でも採算をとりにくい。ブランド牛だが、農家は厳しい状況にある。
(山形支局長 菊次正明)
[日本経済新聞夕刊2017年10月3日付]
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