若手ピアニスト、才能開花 日本の音大経ずに海外留学
日本の音楽大学には進まず、早くから欧米やロシアに留学したピアニストの活躍が目覚ましい。演奏技術だけでなく、異国の文化を学んだ経験が成果につながっているという。
「テクニックだけを学んだわけではない。文学作品を読んだり美術館に行ったりすることも経験。すべてが音楽に役立っている」。2002年、6歳で香川県からロシアに渡ったピアニスト、松田華音(21)はこう言い切る。10代前半から数々のコンクールで優勝し「天才少女」として話題になった。当初留学は考えていなかったが、地元香川で参加したピアノの講習会でロシアのエレーナ・ペトローヴナ・イワノーワの目に留まった。今やロシアでの生活の方が長く「ロシア語の方が自然に出る」。
チャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」をはじめ、ロシアには文学などを下敷きにした音楽が多い。このため松田自身もドストエフスキーやプーシキンの作品を愛読。「曲の背景などを学ぶことで成長できている」
近年は日本での演奏機会が増え、今年は6回帰国。6月には2枚目のアルバム「展覧会の絵」を発表し、10~11月は東京オペラシティなどで収録曲を中心としたコンサートを開く。「ロシアで学んだ成果を日本で披露できるようになった」と手応えを感じている。
「音楽家は哲学者」
都立高校を卒業後、欧州に出たのが福間洸太朗(35)。幼少時からピアノを習っていたが、日本の音楽大学には進まず、パリ国立高等音楽院やベルリン芸術大学などで研さんを積んだ。「技術よりも理屈、論理を重視するドイツ人の中で、自分の意見を音楽に反映させることを学んだ」
そのため、福間のコンサートには明確なコンセプトを持ったものが多い。今月のサントリーホールなどでの公演は「鳳凰(ほうおう)」がテーマ。不死鳥である鳳凰の羽が5色であることにちなみ、ストラヴィンスキー「火の鳥」などを並べる。10年前からほぼ毎年、こうした企画公演を開いている。「音楽家は哲学者だと、欧州で気づかされた」
海外留学するピアニストは以前から多い。昨年他界した中村紘子は日本の音大ではなく米ジュリアード音楽院で学んだ。しかしその下の世代は、音大を経て海外に出る人が増えた。対して近年は、早い人では10歳になる前に海外に出る。
10歳でドイツに渡った小菅優(34)は、中でも実績が大きい。既に欧米での評価は高く、05年には米カーネギーホールでリサイタルを開催。10~15年にはベートーベンのピアノソナタ計32曲の全曲演奏会(8回)を企画し、昨年はその全集もリリース。30代での全集発売は異例だ。今年からは4年計画で「4元素」をテーマにした公演を企画し、11月30日に東京オペラシティで第1回「水」を開く。
作曲家の意図再現
早期留学が成功した音楽家に共通するのは、音楽についての思索を愚直に重ねる姿勢だ。「楽曲の意味を考え、作曲家の意図を再現するのが第一。自身の色は自然についてくる」と小菅。福間は「欧州の音の質感、想像力を追求する姿勢が勉強になる」と話す。日本の音楽大学では、ややもすると試験やコンクールに忙殺される。
音楽評論家の萩谷由喜子は「早くから留学した方が音楽的、技術的にも海外に順応しやすい。しかしそれまでの演奏を全否定されて挫折する人も多い。個性を磨くことにつながってこそ、意味のある留学になる」と指摘する。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2017年10月3日付]
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