カレー、華麗な変身 粉から固形ルウ、レトルトへ
明治時代、インドから英国、そして日本に伝わったカレー。家庭用に固形ルウやレトルトが登場した後は一気に食卓に広まった。商品の進化は夕食の光景も変えた。国民食のカレーがもたらした暮らしの変化を追った。
紙の外箱ごと電子レンジに入れて1分30秒加熱。パウチを開ければできあがり――。
大塚食品のレトルトカレー「ボンカレー」の最新バージョンは、ご飯さえあれば調理不要。夕食づくりに追われる働く親から支持を集める。
明治時代に伝来したカレーは、100年以上経た平成の家庭で「調理いらず」に至った。家庭用カレーの進化をたどると、暮らしの変化を促してきたことがわかる。
家庭でカレーを普及させるきっかけになったのは「赤缶カレー粉」。エスビー食品が1950年に発売した。それまで高級品だったカレーが食卓に広がっていった。
今も販売されているこの赤缶カレー粉でカレーを作ってみた。具材をいためて鍋にかける。フライパンに油と小麦粉を入れ弱火でいため、カレー粉を振りかけてよく混ぜ、鍋に移した。出来上がりは黄色でさほど辛くない。シニア世代には懐かしい味だ。
赤缶の登場以降、小麦粉でとろみをつけニンジンやジャガイモを具に使うカレーが普及した。本場インドにも欧州にもない「和のカレー」だ。
和のカレーは固形ルウへと進化する。63年、ハウス食品工業(現ハウス食品)が出した「バーモントカレー」は、リンゴとハチミツを加えて甘口にし、辛さが苦手な子どもでも食べられるようにした。
その結果、「主婦が夫ではなく子どもに合わせた献立作りをするようになった」とハウス食品事業戦略本部の船越一博さんは話す。
もっと辛く、コクがほしいといった味覚の多様化で、ルウに配合するスパイスも変化。カレーの色も黄色から茶、濃い茶と変わっていく。
カレーに「おふくろの味」を本格的に生んだのもルウ。横浜市に住む建築家の松村哲志さんは「2種類のルウを半分ずつにして、しめじと鶏肉、トマトと煮込む。母伝来の味で大好き」と話す。家庭それぞれのレシピが存在する。
より簡便にとのニーズに応えたのが大塚食品。68年、世界初の市販用レトルト食品として「ボンカレー」を発売した。パウチは当初、半透明で光と酸素により風味が失われたが、素材を強化し賞味期限を延ばした。パウチを鍋の湯にくぐらせ3分、ご飯にかければできあがるレトルトカレーは瞬く間に家庭に広がる。
働く親にとって、レトルトカレーは今や常備食だ。東京都内で働く34歳の女性は夜に仕事があるとき、3歳の娘を実家に預ける。持たせるのはレトルトカレーだ。37歳の男性は週2回、子どもの保育園の迎えと夕食作りを担当する。「おなかがすいて泣く子にはレトルトカレーを与える。泣く子も黙って食べるから」
実際、家庭で食べるカレーでレトルトの比重は高まっている。ハウス食品によると、2016年度のレトルトカレー全体の市場規模は、ご当地カレーの登場などで、15年度比4%増の539億円。ルウの503億円を上回る。
エスビー食品の調査によると、日本人は月6回カレーを食べる。国民食といっていいカレーだが、今後は年間2000種類も出回るとされるレトルトが主流になりそうだ。
大塚食品製品部の中島千旭さんは高齢者が激増する未来を見据え、将来需要をこう描く。「減塩やたんぱく質増量といった高齢者の健康に配慮したレトルトが、コンビニエンスストアなどで売られる」
スパイスのターメリックは和名で漢方に使われるウコン。高齢化社会を乗り切る医食同源としての価値も加わり、カレーは今後も、国民食として不動の地位を確立し続けそうだ。
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中国向けには八角配合
日本流のカレーが中国でも実力を発揮している。ハウス食品グループの中国現地法人が2005年から販売する「百夢多カレー」がそれ。中国ではなじみのない食べ物だったが、地道な営業が実を結び、今は年間1億食を売る。担当者は「国民食ならぬ人民食を目指す」と意気込む。
「百夢多」は「バーモント」の音をなぞらえた。中国でカレーのおいしさを広めたいという夢の詰まったカレーだ。香り付けとして中華料理のスパイスである八角を配合し、日本のカレーをちょっとだけ現地流にアレンジした。ルウを煮込むと日本人にとって懐かしい黄色に出来上がる。さらに普及すれば中国でも茶色、濃い茶色のルウが登場するかもしれない。
(保田井建)
[NIKKEIプラス1 2017年9月23日付]
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