呉に「カレー艦隊」30店集結 海自直伝、甘みとコク
広島県呉市には今も「旧海軍の街」の雰囲気が漂う。中心部の繁華街には「海軍グルメ」を看板にうたった店があちこちに立ち並ぶ。海軍コーヒー、海軍麦酒、戦艦大和のオムライス、戦艦霧島の鯨肉カツレツ、給油艦隠戸のロールキャベツ――。メニューは豊富だが、一番人気はやはりこれ、カレーライスである。
旧海軍では長期の洋上生活で曜日の感覚を失わないよう週末にカレーを食べる伝統があった。戦後発足した海上自衛隊もその習慣を引き継ぎ、現在も多くの部隊で毎週金曜の昼食はカレーが定番になっている。これに目をつけた呉市内の飲食店主らが市を通じて海上自衛隊呉地方総監部にレシピの提供を依頼。「地域活性化に貢献できるなら」と同総監部が応じ2015年から「呉海自カレー」の通年イベントが始まった。
参加店を公募し、店ごとに呉を母港とする艦船や陸上部隊からカレーのレシピの提供を受ける。調理担当隊員が店を指導し最終的に艦長や隊長が試食をして認定証を出す。「実際に各隊で出されるのと同じ料理というのが原則」(同総監部総務課)で3年目の今年は30店が参加している。
居酒屋、利根本店は同名の「護衛艦とね」からレシピの提供を受けた。3種類の牛肉を使う「特製ビーフカレー」。ルーの色がやや赤みがかっているのは酸味を出すために加えたトマトピューレのせい。煮込み時間を長くした効果で全体に深いコクが感じられる。
「以前はメニューにカレーはなかったが、街おこしにつながるならと思い立った」と利根本店会長の内野静男さん(71)。呉市は15~16年前に同じ海軍グルメの肉じゃがを巡り京都府舞鶴市と元祖争いを演じたが、「肉じゃがは結局、主菜ではなく脇役なので話題性に限界があった」。
これに対しカレーは人気が根強い。内野氏が会長を務める呉海自カレー事業者部会は毎年ガイドブックを作成し、カレーを食べて各店のロゴシールを集めた客に記念品(海自オリジナルカレー皿など)を贈っている。「シールラリーで全店制覇するためわざわざ県外から来る客が増えている」(内野氏)という。
カレー専門店、カレーのマスターのメニューは「練習艦やまゆき」のレシピによる「ライジングカープカレー」。ライジングカープはやまゆきの元艦長が広島東洋カープのファンだったことから付けられたメニューの愛称であり、素材や味とは無関係だ。
ライスに五穀米を使っていることが特徴で「まろやかな風味のカレーとのマッチングがポイント」と店主の濱原博巳さん(68)は説明する。
喫茶店、三河屋珈琲呉中通店は「掃海母艦ぶんご」からレシピの提供を受けた「とろける牛すじとひき肉のカレー」。海自カレーは全体的に牛すじやひき肉の使用例が多いが、これは肉の塊よりも素材の保存や調理が容易なことが理由のようだ。あめ色になるまで煮込んだタマネギや果実の甘みが溶け込んでいる。
「護衛艦さざなみ」のレシピによる居酒屋、瀬戸内屋台五十六の「さざなみカレー」は素揚げのジャガイモやトッピングのコロッケをはじめ具材が大きめ。ルーもかなりスパイシーだ。店名が示しているように旧海軍連合艦隊司令長官にちなんだ店づくりが特徴で、さざなみカレーのほかに東郷平八郎が英国留学中に食べたビーフシチューを再現した「デミ煮込み」といったメニューもある。
各店と艦船や部隊の連携関係は特段の事情がない限り、継続される。ただ、艦船の母港が呉から変更された場合などは例外。クレイトンベイホテルのレストラン、ソーニョでは当初「護衛艦いせ」からレシピの提供を受けていた。キャベツや砕いた大豆、バナナ、コーヒーなど普通はあまり使わない材料を加えたカレーは話題を呼び、15年秋に実施された市民の人気投票でトップとなった。
だが今年春「いせ」が佐世保に移ったため、レシピ供給は中止。代わりにソーニョには「護衛艦かが」の「一期一会 護衛艦かがカレー」がメニューに加えられた。ひじきや黒ゴマ、大豆といった珍しい材料を使うなど「いせ」時代のレシピと類似点がある。
呉を母港にする艦船は約40隻。加盟を希望する店があれば今後さらにメニューが増えていく可能性がある。
日本で最初にカレーを食べたといわれるのは旧会津藩士で後の東京帝国大学総長、山川健次郎(1854~1931年)。1871年、開拓使の留学生に選ばれて米国へ渡航する船内で当時16歳の健次郎はカレーの下のライスだけを食べていたらしい。
1908年発行の海軍割烹(かっぽう)術参考書は「カレイライス」の調理法を収録している。栄養の偏りで発病する脚気(かっけ)の予防策として旧海軍は栄養豊富で大量調理が可能なカレーを重用。海自カレーは呉のほか横須賀や大湊の地方隊にもある。
(広島支局長 安西巧)
[日本経済新聞夕刊2017年9月19日付]
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