脂が違う! 松阪牛なのにお手ごろ価格のホルモン焼き
三重県松阪市と聞いてまず頭に浮かぶのは、日本一の銘柄和牛といわれる「松阪牛(まつさかうし)」。市内の松阪牛のすき焼きの有名店には全国から大勢の客が訪れるが、地元の人たちに長年親しまれてきたのは松阪牛のホルモン焼きだ。安くてうまい、そしてどこよりも新鮮な松阪牛ホルモンは、1度食べるとその魅力にはまってしまう。
「赤い肉より白い肉。焼肉屋に行けばもちろんカルビなんかも注文しますけど、それ以上に地元の人間はホルモンを食べる。よそで食べるものとは、味も香りも食感も全く違うんです」。松阪牛ホルモンを愛してやまない松阪市観光協会理事の高岡良治さん(55)は、そう熱く語る。
「いろいろなホルモンを混ぜ合わせたのをコミ(込み)と呼ぶんですが、コミと言えば、どこの店でも通じます。最後はコミしか頼まないようになってくる。焼酎の梅割りとメチャクチャ合うんですよ」
まず訪れたのは「元祖ホルモン」を看板に掲げる脇田屋本店。開業は1948年。2代目社長の脇田民三さん(70)によると「牛の仲買商人をしていた父親が、豚のホルモン焼きの流行をヒントに、当時はほとんど使われていなかった松阪牛の内臓に目をつけた」のが始まりという。
メニューにある「ホルモン」を注文すると、ヒモ(小腸)、キモ(肝臓)、ハツ(心臓)など5種類の内臓の盛り合わせが、黒い味噌ダレにからめられて出てきた。赤味噌をベースにニンニクなどを混ぜた創業当初からの秘伝のタレだ。ヒモはコリッとした食感で、脂の甘みが口の中に広がる。おろしたニンニクをつけるとさらにうまさが増す。
松阪牛とは、但馬牛のほか全国各地から黒毛和種の子牛を買い入れ、松阪市とその近郊で肥育された未経産の雌牛のこと。品質管理も徹底しているのが特徴だ。すべての松阪牛は2002年に導入された「松阪牛個体識別管理システム」に登録され、出生地や肥育地がわかる。松阪牛のと畜が許可されているのは、三重県松阪食肉公社と東京都中央卸売市場食肉市場(東京・港)の2カ所だけだ。
「胃袋、小腸、大腸は白物。赤物と呼ぶのは肝臓や心臓。ほら、いま取り出されたのは赤物です。赤いでしょ」。松阪食肉公社の太田雅次総務部長(57)が説明してくれた。申し込めばガラス越しに牛や豚の解体作業を見学できる。
「枝肉には識別のための札をつけますが、内臓も、どの牛のものかわかるように札をつけ、公社が品質と安全を独自に証明しています」。扱う牛の8割が松阪牛。取り出された内臓は入念に検査され、内容物の除去や洗浄が行われた後、公社の冷蔵庫に一晩保管される。検査結果が出るまでは公社内に留め置かれる決まりで、出荷は翌朝になる。
ちなみに生後48カ月超の健康牛のBSE(牛海綿状脳症)検査は4月から廃止。また、福島の原子力発電所事故以降課せられていた放射性物質検査は、現在は生産者の要望があった場合に限り、実施している。
「内臓は新しいものをできるだけ手早く処理して鮮度のいいものを提供している。松阪牛と他の牛の違いは脂です。比べると甘いですよ」と語るのは松阪牛の有名焼肉店、一升びんの2代目社長・浅井松寿さん(67)。手ごろな価格で松阪牛が食べられ、全国から肉好きがやってくるが、ホルモン目当ての客も多い。
人気は上ホルモン。大腸や小腸、ハチノス(第2胃)などを独自の味噌ダレで焼く。ショウガじょうゆで食べるハツの刺し身は淡泊な味わい。酢味噌で食べるセンマイ(第3胃)はコリコリとさっぱりしている。
松阪駅西口で早くからホルモンを提供する焼肉店、宮本屋は創業50年を超える人気店だ。上ミノ(第1胃)とタンは、ほかから仕入れることもあるが、それ以外はすべて松阪牛。「肥育農家が手塩にかけたところが、やはり内臓にも現れています」と3代目の宮本直稔さん(45)は語る。お薦めはチレ(ひ臓)。ごま油にニンニクなどを混ぜたタレにからめて食べた。鉄分独特の甘みがある。
値段は安いが栄養価の高い松阪牛のホルモンは、夏バテ対策としてもお薦めだ。赤い肉ともども、白い肉もどうぞお忘れなく。
ホルモンの本来の意味は、動物の体調をコントロールするための内分泌物質のこと。焼き肉のホルモンは「放(ほ)るもん」という大阪弁が変化したという説があるが、佐々木道雄著の「焼肉の文化史」などは俗説と指摘している。
戦前は納豆や長芋などの植物性食品から動物の内臓まで含め、精力のつく料理を「ホルモン料理」と称していた。ホルモンにはビタミンAやビタミンB群、亜鉛、鉄分などがたっぷり含まれており、若返りの秘薬と期待されていた。
(津支局長 岡本憲明)
[日本経済新聞夕刊2017年9月12日付]
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