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漫画家・根本敬、『ゲルニカ』サイズの絵画に挑む

2017/9/11付 日本経済新聞 夕刊

「ゲルニカ」と同じサイズの絵に挑む根本敬(東京都大田区)

 漫画家の根本敬がピカソの「ゲルニカ」と同じサイズの巨大画に挑んでいる。漫画雑誌「ガロ」などで活躍してきた異才が、普段とは勝手の違う大画面と、本能の赴くまま格闘している。

 縦3.49×横7.77メートル。実際に目にするキャンバスは想像以上に大きかった。2メートル離れても、全体を見渡すことはできない。8月中旬、その巨大画面と根本は文字通り格闘していた。高さ2メートルを超える脚立を運び、上り、描き、下りる。いったん離れ、加筆した部分と全体をじっくり見ると、再び筆を手に描き始めた。

■漫画と違う描き方

 「ゲルニカ」と同サイズで新作を描く「根本敬ゲルニカ計画」。きっかけについて、根本は「個人の意志を超えた大きな何かに突き動かされて」と語る。もう少し具体的にいえば「漫画は基本、小さいコマに絵を描く。そんな自分がゲルニカサイズの絵を描いたら落差がおもしろいかなと思った」ことが理由の1つだという。資金はクラウドファンディングで集めた。

 アトリエがあるのは東京・大田区京浜島。羽田空港の目の前にある面積約1平方キロメートルの小さな人工島だ。その一角にある鉄工所を改装した「BUCKLE KOBO(バックルコーボー)」に4月末からほぼ毎日足を運び、制作している。

 過激で不条理、一見落書きのような画風。「特殊漫画家」を自称する根本の存在は個性派ぞろいの「ガロ」の中でも独特だ。歩みそのままに、キャンバスは強い色で埋め尽くされ、その中には幽霊のように立ち上ってくる影や異形の生き物。これまで生み出してきた漫画のキャラクターの姿もある。

 しかし、これほど巨大な絵を描くのは初めてだ。「サイズが大きい。それだけでどうやら描き方が違うと、始めてしばらくして気がついた」という。

 漫画は机に紙を置いて手首で描くのに対し、大きなキャンバスでは肩から腕を使わねばならない。描線も変わる。漫画なら一筆で終わる線も、短い線をつなぐ必要がある。「頭で考えるのではなく、実際に体を動かしながら進めている」

 そんな根本の強力なサポーターが、やはり数々の問題作を発表してきた現代美術家の会田誠だ。高校時代から「ガロ」を愛読し、根本の作品から影響を受けたという。巨大画を制作した経験も多い。

 ただし、肩書は「画材アドバイザー」。作品に口を出すことはない。「描く内容にはなるべく影響を与えたくない。ただ、大きい絵を描く難しさは骨身に染みているので、体験を伝えたい」と会田。アトリエには見慣れない道具がずらり。虫取り網の先にスポンジが付いたもの、滑り止めマット、ほうき。様々な道具を使う。会田の助言によるものだという。

■鉄工島アートに

「鉄工島フェス」のメイン会場となる鉄工所(東京都大田区)

 作品は30日~10月1日に京浜島で開かれる「鉄工島フェス」で披露する。根本の絵の展示のほか、鉄を楽器にしたライブなどを展開するアートイベントだ。企画するアイランドジャパンの伊藤悠は「日本が誇る鉄を生み出してきた場所が、今では廃棄物を処理する島に変わっている。根本さんの巨大画を象徴として、この場所の持つ新たな可能性を考えたい」と話す。京浜島は工場の町として生まれた人工島であり、今はごみ処理も担っている。

 ピカソの「ゲルニカ」は第2次世界大戦前のスペイン内戦中に制作された。ドイツ空軍による無差別爆撃に苦悩する女性や子供、動物などが描かれているとされる。20世紀の反戦のシンボルともなった抽象画だ。だが根本は今回の新作に、明確なテーマを掲げてはいない。「やっているうちは分からない。むしろ論理的に説明できたらだめだと思う。本能と直感でやってきましたから」

 長年、根本と交流がある太田出版の穂原俊二は「時代の無意識を常に描いてきた漫画家。今回の巨大画にも、原発事故を解決できないまま東京五輪を控える日本の姿が投影されているようにみえる」と話す。鉄工島という特殊な場所も、作品に影響を与えているという。=敬称略

ねもと・たかし
 1958年東京生まれ。漫画家。81年に漫画家デビュー。わい雑な画と過激なストーリーで、サブカルチャーに大きな影響を与えてきた。主な作品に「タケオの世界」「因果鉄道の旅」「未来精子ブラジル」など。

(文化部 赤塚佳彦)

[日本経済新聞夕刊2017年9月11日付]

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