本屋がバスでやってきた 無書店地域で少量取次や販売
自宅の近くに本屋がない「無書店地域」が増えている。こうした状況を解消するため、バスで本を届ける取り組みや、カフェや雑貨店などで本を販売する仕組みが生まれてきた。
「『島でも本が買えるんだ』と、喜ばれている」。鹿児島県川内港から高速船で50分ほどの上甑島で、豆腐屋兼カフェ「山下商店」を営む山下賢太さんはうれしそうに語る。
コーヒーの香りが漂う山下商店の店内には、近くでとれたキビナゴのオリーブ漬けや、九州産大豆を使った豆腐などの食品や土産物が並ぶ。それらと共に、インテリアについてつづった有元葉子のエッセー「私の住まい考」(平凡社)、土地や自然とどう関わるかを考える西村佳哲著「ひとの居場所をつくる」(筑摩書房)など、20冊ほどの書籍がある。
昔から本好きの山下さんは「島内には書店も映画館もない。文化的なものに触れる機会があると、暮らし方は格段に変わる」と言う。同店が本を扱い始めたのは3カ月前。出版取次の大阪屋栗田(大阪市)が1月に始めた異業種向け少額決済サービス「ホワイエ」を知ったのがきっかけだ。
1冊から注文OK
日本の書籍は通常、出版社から取次を経由して書店に配本される。幅広い本を扱う大手取次と取引するには、売り上げ規模に応じた保証金が必要。月に数千冊単位で新刊を仕入れる書店を前提とした仕組みになっている。
だが「無書店地域の広がりに危機感を覚えた」と服部達也・大阪屋栗田副社長。「本だけで商売する難しさはよくわかっているから、書店以外の異業種をはじめとして、誰でも気軽に本を売れる仕組みを考えた」。ホワイエは通常取引に比べて、書店の収入は少なくなるが、保証金不要で、1冊から注文できる。
すでに全国で60社が導入。ホテルがロビーに旅行記や美術書を置いて滞在者に販売する。子ども用品店が店内に絵本などを置く。アウトドアの店が山岳地図や山に関する本を売るなどさまざまなケースがある。書店を兼ねたカフェも徐々に都市部で増えている。書店以外の場で本を買える時代が始まったようだ。
「バスで全国に本を届けたい」と話すのは、インターネット古書販売を手がけるバリューブックス(長野県上田市)の中村和義取締役。移動図書館だったバスを買い取り、古書販売用の「ブックバス」へと生まれ変わらせた。改修費用をクラウドファンディングで募ると、1カ月ほどで131万円が集まった。高額出資者には、バスを呼び出す権利を返礼に付けた。
「手にとる機会を」
「多くの人に本を届けようとネット販売を始めたのが10年前。次は実際に本を手にとってもらう機会を作りたくて、ブックバスを思いついた」(中村さん)。7月末には約1000冊の古書を積み、長野県大町市で開かれたイベントに出店。2日間で絵本や小説など約300冊が売れた。9月中旬から本格稼働し、月に2回のペースで無書店地域に出かける計画だ。地域の特性を考えながらバスに積む本を選ぶという。
一般社団法人北海道ブックシェアリングも昨年から「走る本屋さん」事業を続ける。月に2~3回、道内の無書店自治体を車で回って絵本や児童書の新刊を販売している。「道内の約3割が無書店自治体だが、読書経験が少ない子どもがネットで本を選んで買うのは難しい。車で回ると、子どもたちは『図書室には読みたい本がない』などと愚痴りながら、楽しそうに本を買う」と、代表理事の荒井宏明さんは力を込める。
出版社「アルメディア」(東京・豊島)の調べによると、全国の書店数は5月1日時点で1万2526店で、2000年に比べて4割強減った。出版取次大手のトーハンによると、無書店地域は全国の市区町村の2割強に及ぶ。ネット通販があるとはいっても、書店でさまざまな本を眺め、比較しながら本を選ぶ機会は必要だろう。
(文化部 佐々木宇蘭)
[日本経済新聞夕刊2017年8月28日付]
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