東京のあんぱん あん・生地のあんばいに伝統と創意
銀座木村家(東京・中央)の創始者、木村安兵衛が創作した和洋折衷のあん入りパン「あんぱん」は、明治時代から庶民が手軽に食べてきた「菓子パン」だ。木村家があんぱんを創作した当時の作り方を守る一方、東京の商店街や住宅街にある中小のパン屋は創意工夫で個性的なあんぱんを開発している。
東京・銀座4丁目の顔、銀座木村家の7階にあんぱんを作る厨房がある。朝6時ごろから職人があんを生地で包み込むなどの作業を始め、夕方まで続く。2~3秒に1個というハイペースであんが包まれ平日は5000個、休日は1万個作る。厨房には、パンとはやや違うほのかな香りが漂う。パンを膨らませるため、生地には創業以来、米とこうじ、水で作った「酒種」が使われている。
木村安兵衛があんぱんを創作したのはパン屋創業5年目の1874(明治7)年。イーストがなく、酵母代わりにホップを使っていたが、日本人の口に合うパンがなかなかできず、試行錯誤を続けた。そんな時に出合ったのが酒種だ。酒種室室長の八度慎一郎さん(67)は「かまどに置いてあった酒まんじゅうの表面が焼けているのを見て、酒種を使ったパンを考案したのではないか」と想像する。
職人たちは生地を工夫しても当時の日本人に米の代わりにパンを売るのは難しいと考えたのだろう。酒まんじゅうと同じように「菓子のような感覚で、パン生地にあんこを入れた」という。それが大成功。爆発的な人気となった。
翌75年、明治天皇が東京・向島の旧水戸藩下屋敷を訪ねた際、へその部分に桜の花びらの塩漬けを埋め込んだあんぱんを献上した。これが今でも人気ナンバー1の「桜あんぱん」だ。
あんぱんは昔から50グラムの小さなサイズ。酒種で発酵させたパンの生地はあんに酒の香りを移し、まろやかな甘さにしてくれるという。酒種を使うとあんぱんが完成するまでに30時間もかかるが「手間をかけるからこそ、この味が守れる」と八度さん。
パンとあんの単純な組み合わせに他の店も様々な工夫をこらす。東京・巣鴨のとげぬき地蔵前に店を構える喜福堂(東京・豊島)は2016年、創業100年を迎えた。元は普通のパン屋だったが、婿養子の2代目が和菓子職人で、あんぱん専門店としての礎を築いた。アズキのつぶあんとこしあんは上白糖と氷砂糖を使った華やかな甘さだ。
16年2月に社長になった金子幾雄さん(44)は「あんぱん専門店として知名度を高めていきたい」。埼玉県の川越イモ、狭山茶などをベースにしたあんぱんを百貨店と共同開発するなど新しい展開も始めている。
東京・浅草のホームベーカリー、あんですMATOBA(東京・台東)は、製あん業大手の的場製餡所(同)が1980年にあんのアンテナショップとして浅草寺近くに開店した。あんぱんだけで20種類をそろえる。メロンパン風味のあんぱんもあるし、季節限定のレモンあん入りあんぱんもある。あんに合わせて生地も変える。あんと生地の絶妙な取り合わせが楽しい。
あんをふんだんに使った「うすかわあんパン」を販売するのがメイカセブン(東京・江東)。人気商品のあんぱんが午前9時半の開店から1時間で250個全て売り切れる。つぶあん、こしあんの2種類があるが、200グラムのあんぱんのほとんどがあん。崩れないように固めに仕上げたあんは食感にも工夫。糖度はあまり下げていないが舌に感じる甘みが抑えられている。きんつばのような味わいが受けている。
フランスパンの生地を使った「フランスあんぱん」を売るのは、ドイツパンなどの専門店、ベッカライ ブロートハイム(東京・世田谷)。調味料は塩のみというフランスパンで砂糖しか入れていない自家製のつぶあんを包み、セ氏240度で蒸気をかけながら18分焼くとあんもアツアツのフランスあんぱんができあがる。「パンの塩味が、あんの甘さを引き立てる」と店主の明石克彦さん(65)。
あんの種類、量、あんと生地の取り合わせなどは店によって様々だ。あんぱんの世界は奥深い。
アズキの生産は北海道が9割以上を占め、その6割が十勝産だ。銀座木村家、喜福堂などは十勝産を使う。十勝産のアズキが高品質といわれるのは、花が咲き豆が実る7月下旬~9月下旬の気候が冷涼なことや火山性土壌が栽培に向くこと、加えて農業試験場での品種改良の成果だ。
アズキには「食物繊維がゴボウの3倍、ポリフェノールも多い。ビタミンB1が糖質をエネルギーに変えてくれるのであんに使われる砂糖が体に蓄積しづらい」(加藤淳・道南農業試験場長)などの利点もある。
(生活情報部 相川浩之)
[日本経済新聞夕刊2017年8月22日付]
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