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日本人映画監督、第一作は海外で 資金や人脈得やすく

2017/8/10 日本経済新聞 夕刊

「ブランカとギター弾き」

 海外でチャンスをつかみ、長編第1作を異国で撮る日本人監督が出てきた。「ブランカとギター弾き」の長谷井宏紀と「リベリアの白い血」の福永壮志。デビュー作が日本で公開中だ。

■路上の暮らし撮りたい

長谷井宏紀監督

 マニラの路上で暮らす少女は、孤児を養子にした女優のニュースを見て「私も母さんを買おう」と考える。盗みを働く少女に盲目のギター弾きは歌で金を稼ぐ方法を教える。少女の歌は人々を魅了し、2人はレストランの職も得るが……。

 「ブランカとギター弾き」の舞台はフィリピン。出演者はフィリピン人で、言語はタガログ語。スタッフも大半がフィリピン人。ただ資金はベネチア国際映画祭などが出しており、製作国はイタリア。監督は日本人の長谷井宏紀(42)だ。

 20代半ばから広告や音楽ビデオの仕事で旅費を稼ぎ世界を放浪した。「映画を作るため、暮らしや文化の違いを体で感じたかった」。フィリピンのゴミの山で暮らす子供たちと出会い「たくましさ、前向きなエネルギー」にひかれた。「モノにあふれた日本と対極の社会だった。モノはないが、ヒトを大事にしていた」

 31歳の時、敬愛するエミール・クストリッツァ監督のバンドの演奏旅行にカメラマンとして随行した。クストリッツァは、長谷井がマニラの子供を撮った短編を気に入り、自身が主催するセルビアの映画祭に出品。グランプリを受けた。

 以来2年、セルビアのクストリッツァの村で過ごし、長編の企画を練った。ドイツ人プロデューサーの死で一旦頓挫したが、ベネチア映画祭の育成部門ビエンナーレ・カレッジシネマで3本の出資作に選ばれた。

 「厳しい現実がある中で人を追い詰める映画を作ってはいけない。エミールにそう教わった」と長谷井。それは旅での実感でもある。「苦しい生活の人ほど前向きに今を生きようとしている。それを人とシェアしたい」

 「様々な国の路上で暮らす人々と映画を作りたい」。日本で出資を得るのは難しそうな題材だが「これは世界の問題。映画を作ることで多くの人に共感をもってもらえる」と力を込めた。

■国境越え人を描く

福永壮志監督

 「リベリアの白い血」の舞台は西アフリカのリベリアと米国だ。

 ゴム農園で過酷な労働を強いられる主人公は、仲間とストを打とうとするが挫折。単身渡米し、タクシー運転手として働くが、移民の現実は厳しい。悪の道に誘う同胞は、内戦時代の忌まわしい記憶を知っていた……。

 「資本主義の枠組みの中で、罪のない人間はいない。与えられた状況の中で、どう真っすぐに生きるか。誰もがもつ葛藤を描いた」。ニューヨーク在住の福永壮志監督(34)は語る。

 20歳で渡米。「固まった価値観を押し付ける日本社会に嫌気がさした」。ブルックリン大学で映画を学び、卒業後もNYに留まった。編集の仕事で食いつなぎ、移民を描く長編映画を構想した。

 大学の先輩、村上涼がリベリアのゴム農園で撮ったドキュメンタリーを手伝い、心が動いた。「日常に使う製品の裏側に、どんな人がいて、どんな生活があるのか。NYの移民社会とゴム農園という二つの世界を一つの物語にしよう」と考えた。

「リベリアの白い血」

 「リベリア人の話を日本人がやっていいのかとも思ったが、自分が影響を受けた映画は普遍的な人間を描く映画。どの国の人間という境界線は引かなくていい」

 撮影監督の村上がマラリアに感染、死去するという困難を乗り越え、映画は完成。2015年のベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品された。

 昨年はカンヌ国際映画祭の育成部門シネフォンダシオン・レジデンスに招かれ、パリで第2作の脚本を書いた。出身地の北海道が舞台の現代のアイヌ民族の物語だ。

 「米国で目の前のことを必死にやっていたら14年たっていた。日本に戻ろうとは思わなかった。商業映画以外の製作にお金が集まるシステムがない」。第2作はパリで築いた人脈を生かし、日仏米合作を模索している。

(編集委員 古賀重樹)

[日本経済新聞夕刊2017年8月8日付]

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