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黒澤流「美しい時代劇」志す 木村大作監督『散り椿』

2017/8/1付 日本経済新聞 夕刊

『散り椿』で新兵衛の亡妻の妹を演じる黒木華

 木村大作監督が初の時代劇「散り椿」を制作中だ。脚本は黒澤明の助監督を務めた小泉堯史。自身も黒澤組の撮影助手だった木村は黒澤流の「美しい時代劇」を目指す。撮影現場を訪ねた。

 竹やぶに朝の光がキラキラとさしている。6月16日、富山市内に残る加賀藩の役宅「浮田家」の裏庭。木村は白いジャケットに白いパンツ。監督として「劔(つるぎ)岳 点の記」など山の映画を2本撮り、登山服を見慣れていただけに新鮮だ。

 「昔の監督はおしゃれだったよ。黒澤さんは鳥打ち帽にツイード。成瀬巳喜男さんも背広だった」と木村。パナマ帽を脱ぐと何と丸刈り。「斬られ役を自分で演じた。地毛でまげを結い、終わって刈った」と笑う。

 「散り椿」は葉室麟の小説の映画化。主人公は上層部の不正を訴えて藩を追放された新兵衛(岡田准一)。8年後、妻が「藩に戻り、采女(うねめ、西島秀俊)を助けてほしい」と言い残して死ぬ。道場仲間で恋敵だった采女は側用人に出世した。新兵衛は国に戻るが……。

■スモークと玉の汗

 「男と女の心の美しさにひかれた。新しい時代劇になる」と考えた木村は、脚本執筆を小泉に依頼した。

 小泉は「影武者」から黒澤の助監督を務め、葉室原作の「蜩(ひぐらし)ノ記」を監督した。「用心棒」などの撮影助手だった木村は「直接頼んだら書いてくれないかもしれない」と思い、「羅生門」から記録を務めた古参、野上照代を通して頼んだ。

 小泉は快諾。「他人に書くのは初めてだけど、自分だったらこう作るという思いで書いた」。この日現場に来た小泉はそう語った。

富山の撮影現場を訪れた小泉(写真右)、野上(同左)と木村

 野上もやってきた。「スモークの匂いが懐かしい。黒澤組はスモークのない日はなかった」。撮影準備が整うと、岡田准一が現れた。

 素振りの場面。腰を落とし、構えた刀が光る。日が陰るよう雲を待ち、本番。気合を入れて振り下ろす。

 木村は1発でOKした。「蜩ノ記」で香取神道流を学んだ岡田の腕は小泉も認める。「三船敏郎に迫るスピードがある」と木村。黒澤が三船を重用したのも、殺陣のスピードゆえだ。

 続いて寄りのショット。流れ出る汗を表現するために、岡田の顔に霧吹きで水滴をつける。「もっとバーっとかけて」と木村が叫ぶ。

 玉の汗も黒澤作品を連想させる。「2時間練習したら、汗だくで水たまりができる」と岡田に聞いた木村はその通りに撮った。

 「美しいものを作りたい。ただそれだけ」と木村。黒澤はまず被写体が美しくなければいけないと考えた。「本物志向。黒澤さんは本物を作っちゃった。俺にはその力がないから本物の場所に行って撮る」。2本の山岳映画もそうだった。

■異例のオールロケ

 今回も時代劇では異例のオールロケーション撮影。ロケ地は富山で探した。「京都は撮り尽くしてる。人が撮った所は嫌なんだ」

 午後は新兵衛が井戸で汗を拭く場面。亡妻の妹(黒木華)が手ぬぐいを渡す。

 テストで、岡田が水を勢いよくくんだら、黒木の前掛けにかかってしまった。黒木はニコリと笑った。

 木村はこの偶然を芝居に取り入れた。男女の心が通う場面。「セリフじゃできない。しぐさや目線で表現したい。黒木華の笑顔を立たせたい」と木村。「黒澤明には撮れないぞ」と笑う。

 所作にはあまりこだわらない。「人間、普段はそんなに形式ばってないだろう」と木村。木村演出について黒木は「たいてい『適当に動け』です。セッションみたい。ある範囲で俳優を動かしておいて、余すところなく撮る」と語る。

 「小泉さんの脚本には侍の美学が詰まっている。大作さんがそれを壊しにかかる。でも背骨は大切にしていて、いい方向に変わっている」と岡田。撮影を終え、編集中。来年公開予定。

(編集委員 古賀重樹)

[日本経済新聞夕刊2017年8月1日付]

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