ソ連に狙い定め入社、笑顔で外食文化広める日本マクドナルドHD社長 サラ・カサノバ氏(上)

社長就任後、女性をターゲットにしたチキンの新商品を投入(2013年12月25日)
社長就任後、女性をターゲットにしたチキンの新商品を投入(2013年12月25日)

日本マクドナルドホールディングスのサラ・カサノバ社長(52)は、マクドナルドカナダに採用されるまで諦めなかった。

大学院での企業論文にマクドナルドを選びました。同社で働きたかったこともあり、マクドナルドカナダの社長に手紙を送りました。「ソ連に参入する論文を書きたいので会っていただけませんか」

面会がかないましたが、成績がオールAでないと採用担当者と面接できないと言われました。成績はクリアしましたが、最初のサマージョブでは学生を雇っていないとの理由で不採用。その後の本採用でようやく決まりました。

入社する前に一番大事なことを学びました。諦めない粘り強さです。

1991年(平3年)マクドナルドカナダ入社。マレーシアやシンガポールを統括し、2013年に日本マクドナルド社長。14年から現職。

入社から1年半後、モスクワに赴任した。

あの論文を書いたサラはどうかとマクドナルドカナダの社長が推してくれたのです。赴任したのは1号店の開店から2年後の1992年でした。1号店は指折りの繁盛店で客席750に対し、1日当たりの来店客数は3万人でした。ロシア語を学びながら現地のマーケティング責任者を務め、出店の手伝いもしました。

2店舗目を開く際に店舗の写真を載せて告知Tシャツを作りたいと考えました。当時は広告代理店どころか、インターネットや電話帳もありません。店舗でTシャツの製作会社を知りませんかと募集すると名前が挙がり、それぞれの会社に直接交渉に行きました。

代理店がないので自分たちでやりました。看板を出したい時には場所を探して承認をもらい、印刷会社などを一から探しました。

マクドナルド流のマーケティングを広げる役割も担った。

ラジオ広告を作った際の話です。ようやくできた広告代理店に30秒のラジオ広告のキャッチコピーを依頼しました。すると、30秒間ずっとしゃべり続ける案を持ってきました。例えば、アップルパイの告知で、材料や作り方など全情報を盛り込んできました。「商品の特徴と値段、店舗の場所だけで十分なのでは」と指摘すると、なるほどとうなずいてくれました。

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