香川・伊吹いりこ うどんだし以外に釜飯・天ぷらも
瀬戸内海の燧灘(ひうちなだ)に浮かぶ伊吹島(香川県観音寺市)は全国有数の生産量と品質を誇る「伊吹いりこ」の島だ。6月に解禁された原料のカタクチイワシの漁と加工が9月くらいまで続き、面積約1平方キロの小さな島が夏は活気づく。凝縮したうまみは讃岐うどんのだしに欠かせないが、対岸の観音寺市中心部では、それ以外にも多彩な味わい方ができる。
伊吹島の南側にある島の玄関口、真浦港。岸壁にいくつも突き出た専用の桟橋に波を切って運搬船がたどり着く。甲板の扉をあけると、とれたてのイワシがきらめいた。船倉に突っ込んだ大きなホースから氷水ごと吸い上げて隣の加工場へ。水洗いを経てせいろと呼ぶ四角い網に自動で載せられたイワシが次々と釜ゆでされ、乾燥機に向かう。
「水揚げから釜ゆでまで30分以内」。伊吹漁業協同組合の松本朝男さん(49)が説明してくれた。伊吹いりこの真骨頂が鮮度第一のスピード。早朝から夕方まで2隻が協力して網を引く「パッチ漁」で水揚げしたイワシを沖合から高速運搬船で島まで随時運び、すぐに加工する態勢を築いた。今も18軒の網元が営む加工場が立ち並ぶ風景は、要塞にもたとえられる。
「食べてみて」。3代続くという網元、富山水産の富山晴良さん(66)に勧められ、ゆでたてのイワシをほお張ってみた。ゆでる際に加えるのは塩だけだが、磯の香りが鼻に抜け、うまみが口に広がった。サイズに応じた数時間の乾燥を経てさらに味が凝縮され、香り高いだしを生む。
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伊吹いりこは地域ブランドとして知的財産保護を受ける地域団体商標でもある。大きさで5種類。漁は8センチ以上の最も大きい「大羽」で始まり、1~3センチと最小の「ちりめん」に移る。品質は毎年異なるが、苦みにつながる脂分の少なさは全国的に評価され、とりわけ全体の1%に満たないウロコの残った銀付いりこは最高級とされる。
伊吹いりこを香川県で味わうなら、うどんだろう。地元の観音寺市は市観光協会の無料パンフレットで紹介されているだけでも中心部に30以上、郊外に15ものうどん店がひしめく県内有数の激戦区。このうち1927年創業という老舗、柳川うどん店でだしの仕込みを見せてもらった。
作業は午前5時半から。40リットル入るという寸胴鍋に水を張り、1.2キロのいりこと昆布を加えてアクを取りつつ炊く。「いりこは伊吹産のみ。にごらないし、脂も出ない」。2代目の柳川英隆さん(77)は店の経営は息子に任せるが、だしと麺づくりは今も陣頭指揮する。しょうゆやザラメなどで味を調え、こして約30分で完成した。これ以上煮ると雑味が出るという。
調理場から魚介のだし特有の香りが漂う。できたての琥珀(こはく)色のだしを味見させてもらうと、濃厚で力強いうまみに驚いた。讃岐うどんとしては細めのつるりとした手打ち麺にもよく合う。県内のうどん店の多くは伊吹いりこを使うが、だし作りは各店各様。これも各店が独自にこだわる麺との組み合わせで個性を競う。
通常はだしに使う伊吹いりこだが、観音寺港近くにある居酒屋、さぬき料理あみ屋には、いりこ自体を味わえるメニューがある。煮干しを入れて炊き込んだ「いりこ釜めし」は郷土料理のいりこ飯をアレンジしている。夏場の漁が続く間は加工前の生のカタクチイワシを天ぷらや唐揚げ、南蛮漬けでも提供する。いずれも15匹くらいをたっぷり使う。
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釜めしはご飯に香ばしさとうまみが染み込み、奥深い味わい。天ぷらは頭や内臓を取ってあるので生臭さや苦みなどはなく、小骨の食感も楽しい。伊吹島出身で実家がかつて漁をしていたという経営者の三好良平さん(31)は「地元のものしか使わない」と伊吹漁港直送の新鮮な魚介にこだわる。店員も背中に「伊吹いりこ」と描かれたTシャツを制服代わりとする。
地元の川鶴酒造(観音寺市)は一風変わったいりこの味わい方を考案した。フグひれ酒ならぬ「炙り(あぶり)いりこ酒」だ。伊吹いりこをあぶって漬け込んだ日本酒で10年からカップ酒など2商品を販売する。ほかにもオイル漬けなど、伊吹いりこから新たな特産品を生み出そうという動きが広がりつつある。
伊吹島を中心とした香川県のいりこ生産量は時代とともに揺れ動いてきた。1980年代前後の最盛期には7000トンに達したが、90年代に入ると原料の不漁により1000トン前後で低迷した。水温上昇や水質改善など様々な要因が指摘されている。愛媛・広島両県と休漁期間などを設けて資源管理に取り組み、漁獲量は回復傾向だが、漁業者の高齢化や島民減少の影響も懸念される。伊吹いりこを長年扱う高田海産(観音寺市)の高田雅夫社長は特産品を守るためにも「育ててとるなど、新たな試みが必要」と語る。
(高松支局長 真鍋正巳)
[日本経済新聞夕刊2017年7月25日付]
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