「もう一つの台湾」伝えるドキュメンタリー、続々と日本統治時代 個人史掘り起こす映画

日本統治時代の台湾と日本を見つめたドキュメンタリー映画が相次ぎ公開されている。日本と台湾の監督が、知られざる個人史を掘り起こし、彼らの思いを伝えようと試みる。

魚を慣れた手つきで刺し身にし、ワサビとしょうゆで味わう。酒井充子監督の「台湾萬歳(ばんざい)」(公開中)に登場する台湾の漁師たちは、かつて日本人が持ち込んだ「カジキの突きん棒漁」を今も続け、生の魚に舌鼓を打つ。

酒井監督は日本統治時代に育った「日本語世代」と呼ばれる人々を15年前から訪ね、時代にほんろうされた彼らの複雑な思いをドキュメンタリー映画にしてきた。「台湾人生」「台湾アイデンティティー」に続く3部作の最後となる今回は「激動の時代からこつこつ働き続けている人たちを主人公にした」という。

一昨年の夏、台湾の東海岸をレンタカーで巡り、台東県成功鎮で日本語を話す85歳のカジキ漁の元船長に出会った。「いい笑顔と船を下りた今も畑で黙々と働く姿に魅了された」と監督。映画にはアミ族の漁師や伝統的な狩猟を続けるブヌン族ら原住民族も登場する。「長く取材してきて、どんな時代にあっても働き続けた人がいて今の台湾があると感じた。その当たり前のことを撮りたいと思った」

台湾は第2次世界大戦終結までの約半世紀、日本統治下にあった。日本語で教育を受け、今も日本語を解する高齢者がいる。酒井監督は19年前、台北郊外を旅行中、地元の高齢男性から流ちょうな日本語で話しかけられ、驚くとともに台湾に対する自らの乏しい知識を実感したという。「映画を通してもう一つの台湾の姿を見てほしい」と語る。

日台の「3部作」

この時代に注目する台湾の監督もいる。1930年代、沖縄・石垣島に移住した60世帯の農家の集落に着目したのは、黄インイク監督だ。大学時代に日本人教授から彼らの存在を聞き、興味を持ったという。「それまで日本に移住した人といえば学者や医師、成功した起業家というイメージで、荒れた土地を開墾しパインを育てた労働者がいたとは知らなかった」と監督。

沖縄に渡り150人に取材して回り、那覇を拠点に3部作の映画を作ることを決意した。その1作目「海の彼方」(8月12日公開)は移民1世の女性と子、孫に光を当て、彼らの台湾への里帰りにも同行した。ネットを利用したクラウドファンディングで制作資金を募りながら、今後、大正時代に西表島の炭鉱で働かされた台湾の人々や、移住3世ら若者たちをテーマに映画を作る計画という。

やはり台湾の黄亜歴監督は古都・台南を拠点に活動したモダニズム詩人団体、風車詩社を題材にした「日曜日の散歩者」(8月19日公開)を制作した。詩人の楊熾昌を中心に日本人も参加した風車詩社は、日本を通してジャン・コクトーら西洋文学に触れ、日本語で詩を作りながら新たな台湾文学の創造を試みた。だが活動は1年半で終わり、メンバーは戦後の二二八事件や白色テロで迫害された。

小さな史実注目

監督は資料を渉猟していて偶然彼らのことを知った。「当時の台湾が世界の文芸潮流に近接していたとは思いも寄らなかった」という。実感したのは「植民地という特殊な時代にあったとしても、文学や芸術の精神は地域的な制限を受けない」ということ。

男女の愛を通して日本統治時代を振り返る劇映画「海角七号」(2008年)が大ヒットして以来、台湾ではその時代への関心が高まった。日本でも台湾に興味を抱く人が増えている。こうした背景も、小さな史実を掘り起こし日台が互いを見つめるドキュメンタリーを後押ししている。

(文化部 関原のり子)

[日本経済新聞夕刊2017年7月25日付]

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