『天使の入江』 ヌーベルバーグの真骨頂
半世紀以上も前のフランス映画だが、現在見てもいささかも古さを感じさせない。わが国では今回劇場初公開となるが、これまで一般公開されなかったのが不思議な気がするほど瑞々(みずみず)しい魅力に溢(あふ)れている。
監督のジャック・ドゥミは27年前に59歳で惜しくも他界したが、彼の名前を有名にしたミュージカル映画「シェルブールの雨傘」の前作であり、アニエス・ヴァルダ監督と結婚した直後の作品でもある。
パリで銀行に勤めるジャン(クロード・マン)は、友人と行ったカジノで大当たりして賭博に目覚めるが父親に勘当されてしまう。ジャンはニースに赴いてカジノに通い始めるが、そこで同様に賭博に取り憑(つ)かれたジャッキー(ジャンヌ・モロー)と知り合う。
映画の冒頭は、夜明けのニースの海岸、「英国人の遊歩道」を歩くカジノ帰りのジャッキーの姿をとらえたカメラが猛スピードで後退移動していき、いつしか彼女の姿が消え去っていくワンカットから始まる。そのスピード感と軽快さが映画のその後の展開の予兆を示している。
実際、2人の主人公のカジノ通いを描いたこのシンプルな物語では、例えば一文無しになったジャッキーが安宿のジャンの部屋に泊まったり、大当たりした2人がカンヌの一流ホテルに一緒に泊まったりするが、男女の恋愛感情が描かれることはない。
ここでは2人の賭博をめぐる出来事の軽快かつ表面的な経過が描かれるだけであり、それが物語の緊張感を生み出していく。この反心理的な描写こそ、まさにこの当時世界を風靡したヌーべルバーグの真骨頂といえる。
ラストがいい。カジノで賭けるジャッキーを残して立ち去るジャンを彼女は追いかけて抱き合うが、ここで初めて恋愛映画であることが浮き彫りにされる。1時間25分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2017年7月21日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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