集中力・意欲の減退や不眠 「男性更年期」の可能性
気になる人は「泌尿器科」の受診を
中年以上の男性を襲う集中力や意欲の減退、不眠――「加齢男性性腺機能低下(LOH)症候群」と呼ばれる、男性ホルモンの低下が招く"更年期障害"の症状だ。ところがうつ病などと混同しやすく、発症に個人差があるため、診断や治療に至らず悩む人が多い。適切な治療につながる人を増やそうと、LOH症候群の情報を普及する動きが広がっている。
札幌市にある経済団体幹部の男性(58)は40代後半にさしかかったとき、謎の体調不良に見舞われた。夜中に何度も目が覚めたり、ささいなことでくよくよしたり。人一倍あった好奇心も失った。
「過労による一時的な体調不良で、数カ月たてば元に戻ると思っていた」。しかし改善の兆しは一向に見られない。肝臓や甲状腺の検査を受けても数値は正常。最後にLOH症候群に行き着いた。男性ホルモンの1種であるテストステロンの投与で症状は大幅に改善したものの、発症から7年以上がたっていた。
LOH症候群は認知度が低く、多くの男性が適切な診療を受けられずにいる。同分野の第一人者である順天堂大学の堀江重郎教授は「女性の性ホルモンが閉経前後に急減するのに対し、男性の場合は緩やかに減少する。その結果、発症する年齢にバラツキが出て、本人も周りも気付きにくい」と指摘する。
札幌の男性がLOH症候群の治療を受けたのは泌尿器科だ。ところが最初から受診先を知っている人はほとんどいない。
病院検索サイトを運営するeヘルスケア(東京・千代田)が30~69歳の男性を対象に2016年8月に実施した調査によると、LOH症候群の診断や治療に適した診療科として「泌尿器科」を挙げた人はわずか5%にすぎず、内科や心療内科、精神科・神経科を選んだ人が合計で60%を占めた。
同社の杉山学マネージャーは「内科でLOH症候群が診断できるとは限らない。精神科の受診に抵抗感を示す人も多く、原因が分からぬまま長期間苦しむことになりがち」と指摘する。
食事と血中男性ホルモン値の関係の研究などに取り組む日清ファルマ(東京・千代田)は14年、「男性更年期NAVI」というウェブサイトを立ち上げた。LOH症候群かどうかを判別できるチェックシートや、最新の研究成果を公開している。
「男性の更年期を分かりやすく解説したサイトはほとんどなかった」とヘルスケア事業部アシスタントマネージャーの稲川裕人さん。「以前に比べてどうも心や体がついてこないと悩んでいる人に見てほしい」と語る。
LOH症候群によるベテラン社員のうつや休職は、企業にとって大きな痛手となる。産業医や保健師の紹介を手がけるドクタートラスト(東京・渋谷)は、一定規模以上の企業や事業所に設置が義務付けられている安全衛生委員会向けに、医療情報を発信している。LOH症候群を昨年初めて取り上げ、企業側の認知度向上を目指す。
LOH症候群に関心を持つ医師も増えている。男性更年期専門外来を持つメンズヘルスクリニック東京(東京・千代田)の主任担当医の順天堂大の辻村晃教授は「これまでLOH症候群の治療をほとんど手がけていなかった泌尿器科の開業医の間で、学ぼうという意欲が高まっている」と話す。
中高年男性がLOH症候群に気付く機会が増えつつある半面、堀江教授は「仙人のように達観した人物像を中高年の理想とする文化風土も、LOH症候群の解決の壁になっている」と指摘する。性ホルモンの低下が原因で、治療可能なのに「『年だから』とあきらめがちになる」。該当する世代の意識改革も重要といえそうだ。
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ホルモン投与で治療 予防には「生活の充実感」
LOH症候群には複数の治療法がある。代表的なのが男性ホルモン(テストステロン)の投与。保険が適用になることの多い注射に加え、軟こうを処方することもある。血中のテストステロン値が同年齢の男性の平均値より低いかどうかが投与の目安だが、メンズヘルスクリニック東京の辻村医師は「本来の値が同年代の男性より高い人もいるため、数字だけでは判断しない」と語る。
最近は社会的な要因の改善にも注目が集まる。同じ人でも、ストレス次第でテストステロン値が短期間に大きく変化するからだ。仕事上の挫折による自信喪失がホルモン値の低下要因になる半面、順天堂大の堀江教授は「社会に自分の居場所があると感じられることが大事。職場に限らず、私生活を含めて充実感が得られればよい」と語る。趣味やスポーツを楽しむのも予防や回復に役立つという。
(小山隆史)
[日本経済新聞夕刊2017年7月13日付]
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