山口・萩の「金太郎」は海の幸 雑魚が主役に野趣満点
維新の志士たちが駆け抜けた山口県の萩。土塀に夏みかんが揺れる風情ある街並みで知られるが、地元の萩港は日本海の地魚が多く揚がる海産物の拠点でもある。その中で旅行客が名前を言われても頭をひねる魚が「金太郎」だ。Iターン移住者がPRに力を入れ、市内ではその謎の魚、金太郎料理が様々な店で味わえる。
金太郎の標準和名はヒメジ。各地で捕れるスズキの仲間の小魚だが、小骨が多く調理が面倒なため、漁師や産地の家庭で消費する雑魚として扱われていた。萩では底引き網漁船にかかるため漁獲高は全国で最も多く、市民であれば子供のころから親しんでいる魚だ。
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萩市の郊外にある道の駅、萩しーまーと。中沢さかな駅長(59)は2001年に開業した際、駅長公募に応じて妻のふるさとである萩にIターンした。「地魚の豊富さを生かさない手はないと思って」萩の地魚をPRするプロジェクトを立ち上げた。
この研究をしているときに出合ったのが金太郎だった。まず名前が面白い。海底をはって小型のエビやカニなど甲殻類を食べるため、白身魚であるのに濃い、野趣あふれる味なのだ。駅を訪れた人は、入荷すればそれを買ってその場で刺し身にしたり、塩焼きにしたりして食べられる。
独自商品としてオイル漬け「オイル・ルージュ」も開発した。ルージュといえばフランス料理ではムニエルにする高級魚として定番の魚。金太郎はフランスのルージュの近縁種で味も近い。これに目をつけた中沢駅長が著名なイタリアンのシェフ、奥田政行氏に声をかけ、日本版のルージュとして商品に仕立て上げたのが6年前だ。
「そのまま前菜として食べても、パスタに使うのもおすすめです」と説明するのは、職員の山口泉さん(35)。輸入食材のようなデザインの瓶に金太郎のオイル漬けが詰まっている。金太郎の水揚げが少ないときは作れず「数量的に保証できないので、いまは県内で手いっぱい」(中沢駅長)という誤算もあったが、最近は商品の名前も定着してきた。店の専用コーナーでなら手に入れやすくなった。
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金太郎目当てで萩を訪れるならやはり地元の料理屋だ。MARUは創業24年のレストラン・バー。洋風の料理だけでなく当日朝に入荷した萩の地魚が食べられる。金太郎は入荷すれば刺し身に、塩焼きに。すり身にして揚げる郷土料理「ぎょろっけ」もある。ソースをつけてほおばれば、白身魚の揚げ物とはひと味違う金太郎の香り、そして火をいれることで生まれるもちもち感が味わえる。
オイル・ルージュはコース料理の前菜として登場する。小祝敦社長(57)も妻のふるさとである萩へのIターン組。中沢氏の地魚発掘運動に共鳴してメニュー化を決めた。「むかしは庶民の魚ということで、店で金太郎を出すという発想はなかったようだ。ただ食べてみたら確かにうまい」
同店でも入荷した時は黒板書きをするが、やはり名前につられて注文する人が多いという。刺し身が金太郎の特徴をよく味わえる。盛り合わせでも頼める。
老舗料理店、割烹千代ではあぶり寿司(ずし)が注文できる。金太郎は骨が多いだけに刺し身にするのは手間のかかる仕事だ。職人の手仕事を経て握り、表面をあぶり、ゆずコショウを添える。大将の河村剛太郎社長(51)は「子供のころに家で一夜干しや南蛮漬けで食べていた。味はいいのはわかっていた。萩らしい魚ということでメニューに入れた」と話す。
あぶった香ばしさと薬味が金太郎の味の濃さを引き立て、身の弾力とあわせて寿司の醍醐味を感じることのできる一品だ。千代ではコース料理で天ぷらも食べられる。時間に余裕があればおすすめだ。
金太郎は山口市や下関市の鮮魚を出す店なら見かけるが、県外で食すのはなかなか難しい。やはり萩を訪れ、歴史に思いをはせながら噛みしめるのがいい。
日本海側を中心に全国の水深100メートルほどの海底で、底引き網漁で捕れる。一般にヒメジと呼ばれるが、各地で地方名があり島根のキンギョや九州のヒメなど赤色をイメージしたものが多い。2本のひげで砂地を探ってエビなど小型の甲殻類を食べるため、味が濃いといわれる。体長は15~20センチメートルと小さく、小骨が多い。処理が面倒で市場には出回らず、漁獲地の家庭で消費されていた。唐揚げ、干物、南蛮漬けのほか、酢で締めておからをはさむ「だきずし」という郷土料理もある。
(山口支局長 竹田聡)
[日本経済新聞夕刊2017年7月11日付]
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