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地方の医師不足、解消進まず 強制勤務案には反発も

2017/7/10付 日本経済新聞 朝刊

 医師が大都市部に集中し、地方の医師不足が深刻化している。政府などは医学部の定員増や地域勤務を義務づける「地域枠」を導入したが、効果はすぐに出ていない。「このままでは地域医療は崩壊する」。厚生労働省の検討会では医師に地域での勤務を半ば強制的に課す案も浮上した。同省は年内に抜本的な対策をまとめる方針だが、地域勤務の義務化を嫌う医師らの反発も強い。医療の質を維持しながら偏在問題を解決できるのか。議論の行方は不透明だ。

医師不足の病院に医師の派遣を進める地域医療支援センター(徳島県のセンターは徳島大病院にある)

 徳島県南東部に位置する勝浦郡。同郡には病院が一つしかない。その国民健康保険勝浦病院は常勤医4人で60床ある病棟と外来の診療をこなす。最年少医師で50歳前。定年延長して残った65歳の前院長と64歳の小西康備・現院長が月に6~7回も当直に入る。小西院長は「年休もとれない状態。いつ診療できなくなってもおかしくない」と語る。

 徳島県の人口当たり医師数は実は全国で3番目に多い。しかしその多くが徳島市周辺に集中し、少し離れただけで医療体制に不安が募る。人口当たり医師数がそもそも少ない東北地方などはさらに深刻だ。

■埼玉・千葉で不足

 東京近県でも千葉県や埼玉県で医師不足が目立つ。産科などの一部診療科が閉鎖されたり、夜間の急患の受け入れを制限するなどの例も珍しくはない。

 日本全体の医師数は毎年4千人ほど増えており、1990年には約21万人だったが、2014年には31万人余りとなった。ただ医師としての経験を積んだり、子供の教育など家族への影響を考えたりして都市部での勤務希望は多く、地方勤務が増えない。

 政府も対策は講じている。07年度には7600人程度だった全国の医学部の定員を徐々に増やし16年度には9300人ほどにした。増えた部分には、自治体が奨学金を出し、学費を免除する代わりに一定期間は各都道府県内での地域勤務を義務付ける「地域枠」も導入した。

 地域枠では6年間の医学部在学中の奨学金を受ければ、通常は1.5倍の期間、9年間の地域勤務が義務づけられる。だがたとえ義務でも、無理な配置をすれば医療の質の向上だけでなく、義務期間を終えた後に県内にとどまってくれることも望めない。

 地域勤務をしながら、目指す専門医などになれるようにキャリア形成を支援することが求められる。徳島県では一定条件の下、自身のキャリア形成のために国内外での留学・研修が必要であれば最大7年間、地域勤務を中断できる柔軟な仕組みまで設けている。

 こうした地域枠の医師を都道府県が責任を持って医師不足地域に配置するため、全国で「地域医療支援センター」の開設も進んでいる。それでも地域枠の医師は第1陣が医学部を出て、臨床研修を終えたばかり。実際に成果が出るのは「まだまだこれから」(徳島県保健福祉部)。地域医療の崩壊のスピードの方が早い恐れもあり、「地域枠だけでは遍在問題は解決できない」との指摘もある。

■さらなる対策浮上

 「病院長になるためには医師不足地域での一定期間の勤務を条件とすることも検討」。厚労省の「医療従事者の需給に関する検討会」の分科会は16年6月、こんな偏在対策を盛り込んだ中間まとめを公表。さらに10月には健康保険による診療ができる「保険医」となるためには医師不足地域での勤務を条件とすることも議論した。

 地方勤務が病院での昇格の条件になれば応じる医師も増えるとみられる。患者が原則1~3割負担で受診できるため、日本ではほぼすべての医師が保険医登録しており、医師不足地域での勤務が登録の条件となれば、さらに効果は大きい。

 ところがその後、こうした議論はストップする。今年4月、厚労省内で新たに設置された別の有識者検討会が強制的な手法には否定的な見解を盛り込んだ報告書をまとめたからだ。背景には地方勤務の義務化を嫌う医師たちの意向があるとされる。塩崎恭久厚労相も「上手に条件整備すれば強制は必要ないのでは」と理解を示す。

 「医師の職業的自由は尊重されるべきだ」という地域医療機能推進機構の尾身茂理事長も「日本の医師は公的保険制度の中で活動しており、社会的な責務も負っている。この2つの概念を対立させるのではなく、両者の間の第3の道を探るのが行政と医療界の責任だ」と訴えている。

 第3の道としては、医療界などによる自主的な取り組みを強化し、それがうまく機能しないときには義務的・強制的な仕組みなどを発動することまで包括的に決めることが考えられる。

 地方の医師不足が叫ばれ始めて久しい。医師の地域偏在、診療科の偏在を解消して、地方でも十分な医療を受けられる体制を維持するために国や医療界、そして私たちに残された時間は少ない。

◇  ◇  ◇

■40年 最大4万人過剰見込み

 現在は高齢化で医療を必要とする患者は増えているが、日本の人口はすでに減少しており、厚労省の検討会は「35年までには医療の需要も減少する」とみている。現在の医学部の定員で医師数が増え続ければ「40年には1.8万~4.1万人過剰になる」との推計をまとめている。

 一方、15年の経済協力開発機構(OECD)ヘルスデータによると、OECD諸国の人口10万人当たり医師数は約280人なのに対し、日本は約230人。「地方で医師が不足するのは、地域や診療科の遍在のためではなく、医師自体が少ないからだ」との見方もある。

 医師会などは「医師が増えすぎれば過当競争で医療の質が低下する恐れがある」として、医師数を大きく増やすことには反対の立場だ。医療費は年数千億~1兆円程度増えており、「大きな要因は医師数の増加」(印南一路・慶応大教授)という指摘もある。地域医療機能推進機構の尾身理事長は「医師数を増やすのは、あらゆる偏在対策を講じてからだ」と指摘している。

(山口聡)

[日本経済新聞朝刊2017年7月10日付]

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