エンタメ!

映画セレクション

『セールスマン』 夫婦の亀裂 社会の実相

2017/6/16付 日本経済新聞 夕刊

 平穏な日常生活が外部の侵入者により突然破壊される。映画や小説などでよく見られる物語だが、そんな謎めいた状況から仲の良い若い夫婦に不穏な空気が漂い、人間関係が変化する様子をサスペンスタッチで巧みに描いたイランのアスガー・ファルハディ監督の新作である。

東京・渋谷のBunkamura ル・シネマほかで公開中(C)MEMENTOFILMS PRODUCTION-ASGHAR FARHADI PRODUCTION-ARTE FRANCE CINEMA 2016

 今年の米アカデミー賞でトランプ大統領の入国制限令に抗議して授賞式をボイコットしながら、「別離」に続いて2度目の外国語映画賞を受賞して話題を呼んだことは記憶に新しい。カンヌ国際映画祭でも脚本賞と男優賞を受賞した。

 現代のテヘラン。国語教師のエマッド(シャハブ・ホセイニ)は、妻のラナ(タラネ・アリドゥスティ)と一緒に小さな劇団で活動しながら平穏な日々を過ごしている。そんな2人のアパートが隣の建設工事で崩壊する恐れが生じ、2人は新しいアパートに引っ越しを余儀なくされる。

 劇団は新しい公演に向け稽古に励んでいる。演目は過去に固執する初老の男の悲劇を描いたアーサー・ミラーの「セールスマンの死」。古きものと新しきものとの対立というテーマが映画に象徴的に重ねられている。

 物語が動くのは、公演初日の夜の事件。先にアパートに戻ったラナが何者かに襲われる。どうやら前の住人の女性がふしだらな商売をしていて間違えられたらしいが、ラナは肉体的にも精神的にも傷つき、舞台で演じられなくなる。

 後半は、エマッドが躍起になって犯人探しをする一方、この事件をきっかけに2人の夫婦関係に亀裂が生じ、その感情のずれが見事に描き出されていく。

 これまでのファルハディ監督の作品同様、脚本が素晴らしい。心理サスペンスをちりばめながら、2人の感情の葛藤と同時にイラン社会の実相を巧みに複合的に織り上げている。2時間4分。

★★★★

(映画評論家 村山 匡一郎)

[日本経済新聞夕刊2017年6月16日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

エンタメ!新着記事

ALL CHANNEL