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『ハクソー・リッジ』 非情な現実と信念の力

2017/6/16付 日本経済新聞 夕刊

 米軍がハクソー・リッジ(ノコギリの崖)と呼んだ沖縄の激戦地、前田高地で武器も持たずに75人もの負傷兵を救助した兵士が米軍に実在した。

東京・有楽町のTOHOシネマズ スカラ座ほかで6月24日公開(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

 『リーサル・ウェポン』シリーズなどで世界的スターになり、監督進出2作目の『ブレイブハート』(1995年)でアカデミー賞の作品賞、監督賞などを受賞。確かな骨格のドラマを強烈な残虐描写で彩ることで現実の非情を表現してきた監督メル・ギブソンは、武器を手にすることを拒否して臆病者と蔑まれた兵士が、負傷兵の救助で勇敢な兵士として賞賛されることになった皮肉を描き出す。

 第1次大戦への出征で心に深い傷を負い、帰郷後は酒と暴力で家族を苦しめる父を見て育ったのが『沈黙/サイレンス』で神父役だったアンドリュー・ガーフィールド演じるデズモンド・ドス。線の細さが役にあって真実味が生まれた。看護師ドロシー(テリーサ・パーマー)との結婚の日を待つ彼は、だが第2次大戦勃発で衛生兵を志願する。米国民の義務からの志願で「汝殺すなかれ」の戒めは忘れず、武器は持たない。

 「人を殺すのが戦争だ」と上官は言う。武器訓練を拒否していじめにあい、軍規違反で軍法会議が待つ。そんなデズモンドを父の思いがけない証言が救った。

 激戦地・沖縄に送られたデズモンド・ドスは飛び交う弾丸をかいくぐり、息がありながら見捨られた兵士を味方の陣地へ運び続けた。恐怖と残酷の描写は凄(すさ)まじいが、これは非情な現実を伝えるためのものだ。

 デズモンドの「絶対に仲間を助ける」という強い信念と、「人を殺してはならない」という神の教え。それが平和の時代なら普通の若者だったはずの青年に力を与え、多数の負傷兵を救出する戦場の英雄を生んだ。信念と信仰の持つ力なのか。デズモンド・ドスは2006年に87歳で亡くなった。2時間19分。

★★★★

(映画評論家 渡辺 祥子)

[日本経済新聞夕刊2017年6月16日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

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