横浜生まれ「ナポリタン」 懐かしの味 進化は続く
日本中、どこでも食べられる真っ赤なスパゲティ「ナポリタン」の発祥の地は横浜だ。第2次世界大戦後、進駐してきた米兵の食事にヒントを得た。モノのない時代、日本人の舌にあうように苦心してアレンジした結果、イタリアにも米国にもない日本の「国民食」が生まれた。
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横浜の老舗、ホテルニューグランドのコーヒーハウス「ザ・カフェ」では、白い磁器のお皿に真っ赤なナポリタンが載ってくる。具材はハム、玉ねぎ、ピーマン、マッシュルーム。野菜から出てくる甘さは控えめで、さっぱりした味は独特だ。トマトケチャップを使わずに、生のトマトをもとにソースを作っているためだ。
生みの親は2代目の総料理長、故・入江茂忠氏だ。進駐軍の拠点になった横浜では、米兵たちがスパゲティにケチャップをかけて食べていた。一般にも広まったが、それでは味気ないと感じた入江氏は本格的な西洋料理の知識を生かして具材やソースを改良し「スパゲティ・ナポリタン」を完成させた。
当時、トマトは一般的な食べ物ではなかった。物資不足で食材が限られる中、ホテルの料理にするには苦心したといわれる。
現在の総料理長、宇佐神茂氏(65)は1973年に入社し、入江氏の下で修業を積んだ。「たくさん食べても飽きない。主役としても脇役としても存在感を発揮するのがナポリタン」という。
スパゲティ・ナポリタンという言葉は戦前からあったようだ。同ホテルの支店、東京ニューグランドの35年のメニューには、野菜料理の欄に「スパゲチ ナポリテーイン」がある。これは裏ごししたトマトとチーズで作ったソースをかけたスパゲティとみられるが、今の私たちがイメージするようなものではなかったようだ。
イタリアにはトマトソースをかけた「ポモドーロ」というパスタもある。宇佐神氏によると「ナポリタンは玉ねぎを焦げ茶色になるまでじっくりいためる。ポモドーロはさらっとしている」という。
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横浜の庶民の町、野毛地区の洋食店、センターグリルは「ケチャップナポリタン発祥の店」だ。楕円形の銀色の皿に乗った赤いスパゲティは甘くて酸っぱい。前日にゆでて取り置きした2.2ミリの太めの麺はもっちりしてソースによく絡む。つけ合わせは千切りキャベツとポテトサラダ。「母親に作ってもらった味」「懐かしい」と言われると石橋秀樹会長(73)は笑う。
具材はロースハム、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルームでニューグランドとほぼ同じ。あえてコシのない麺を使い、ケチャップソースをかけることで食べた印象はかなり異なる。石橋氏は「生のトマトは高価で手間もかかる。町の洋食店ならではのやり方だ」と説明する。
創業者の石橋豊吉氏は戦前、ニューグランドの隣にあった「センターホテル」で修業していた時、入江氏と知り合った。46年に開業した後もアドバイスを受けていたため、入江流のナポリタンの作り方を踏まえ、独自の工夫を加えて提供するようになった。
横浜の伝統を生かしつつ、新しいナポリタンをつくる動きもある。オフィスや飲食店が集まる関内地区にある居酒屋、横浜ブギのマスター、岡添勉氏(55)は横浜産の野菜と豚肉をふんだんに使った「横浜ベジナポ」をつくり5月、カゴメ主催の、全国のナポリタンのグランプリを決めるイベント「ナポリタンスタジアム」に関東甲信越代表として出店した。
具材はズッキーニ、パプリカ、なす、玉ねぎ、セロリ、ピーマンなどすべて横浜産の野菜が13種類。アンチョビーを隠し味に、横浜産の「浜ポーク」のソーセージとベーコンが入る。フランスの野菜の煮込み料理「ラタトゥユ」をかけて食べるナポリタンという雰囲気で、さっぱりしているが腹持ちもよい。
岡添氏は、自身の母親のナポリタンをヒントにした。野菜が苦手な息子のために、細かく刻んだピーマンやニンジンを入れて食べやすくしていたのを思い浮かべ「野菜をおいしくたべられるナポリタン」を目指した。「若者がナポリタンに抱く、古くさいイメージを一新したい」という。
「ホテルニューグランド発祥の料理」はほかにもある。米飯にホワイトソースをかけオーブンで焼く「ドリア」は初代総料理長サリー・ワイル氏が「体調がよくないから、のどごしのよいものを食べたい」と言われ即興で作ったという。プリンやアイスクリームなどを盛り合わせた「プリン・ア・ラ・モード」は米軍接収中に将校夫人を喜ばせようとパティシエが考案した。
同ホテルではワイル氏の系譜にあこがれる多くの料理人が修業し、全国に散っていった。「発祥の料理」が多い理由の一つだ。
(横浜支局長 伊藤浩昭)
[日本経済新聞夕刊2017年6月13日付]
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