『残像』 芸術と政治の緊張関係
2016年10月、90歳で他界したポーランド映画の巨匠アンジェイ・ワイダ監督の遺作。第1次大戦で片手片足を失いながらも戦前戦後のポーランドのアヴァンギャルド芸術を牽引(けんいん)した画家のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの晩年を、政治と芸術の観点から重厚に描いている。
第2次大戦直後のポーランド中部の町ウッチ。造形大学教授で画家のストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、自宅兼アトリエのアパートで創作に励んでいる。彫刻家の妻とは別居し、一人娘のニカは父親に愛憎入り交じった複雑な感情を抱いている。
そんなストゥシェミンスキのアパートの外壁にスターリンの肖像を描いた巨大な政治的垂幕(たれまく)がかかる冒頭シーンは象徴的だ。床の上で創作する彼の姿を垂幕の赤い色の影が覆い被(かぶ)さり、その後の画家の運命が暗示される。
政府は社会主義リアリズムの原則の下、芸術を政治に奉仕させる方針を徹底していく。そんな政治理念に対し、ストゥシェミンスキは形態や色彩などを重視する自分の芸術理念を貫き通すが、やがて大学や芸術家団体から追放され、画材や食料の入手も困難になり生活が困窮する。
スターリン主義による抑圧は、ワイダ監督がこれまで描いてきた戦後ポーランドの苦渋の歴史であるが、ここでは芸術と政治という監督自身が味わった緊張関係が重なっている。政治権力が芸術表現に口を出す時は社会に自由がないことの警鐘でもある。
ストゥシェミンスキの晩年は、ワイダ監督がちょうどウッチの国立映画大学で学んでいた時期と同じ。若き監督が画家と接点があったかどうかは不明だが、彼の絵は見ていたにちがいない。ラストクレジットの背景が画家の視覚理論を具象化したカラフルな抽象模様になっているのは楽しい。1時間39分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2017年6月9日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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