AI社会を複眼で考察 共作・競作小説相次ぐ
人工知能(AI)を題材にした小説が増える中、共作や競作といった新たな試みで執筆された本が注目を集めている。単著にはない魅力はどこにあるのか、創作の裏側を探った。
「完全なバーチャルオフィスを構築せよ」。政府直轄組織に属す女性主人公に命令が下る。プロジェクトを手がける民間企業に参画して社員らと共に開発を進めるが、謎の組織が様々な形で妨害をしかける……。
社員6人で執筆
3月刊行の「シンギュラリティ」(幻冬舎)は近未来の日本を舞台にしたSF小説だ。著者は「チーム2045」。コンピューターが人間の知性を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えるとされる年が筆名の由来で、新日鉄住金ソリューションズの営業やシステムエンジニア(SE)など職種の異なる若手社員6人が共同で執筆した。
発端は会社の幹部が集まる会議。「一般に知られていないSIer(エスアイヤー)という仕事を、物語にすれば理解されるのではないかという話になり、昨年春に書き手の募集が始まった」とチームリーダーのSE、西村世大郎氏は振り返る。SIerとはシステムインテグレーターの略で、IT(情報技術)システムの企画・構築・運用などの業務を請け負う企業を指す。
当初集まった約20人は小説を書いたことがない素人ばかりで、創作は難航する。「日々の業務であるシステム構築と同じことをすればいい」(西村氏)と発想を転換し、まずはコンセプトづくりに着手した。議論を重ね、物語の舞台や主人公など骨格を決めた。物語の設計ではメンバーから募った70のプロットをマトリクス表にし、登場人物の頻度や物語の流れを調整。執筆範囲を分担し、最終的に残った6人が終業後や休日を使って書き上げた。
「よりサスペンスチックに」と謎の組織が繰り出す陰謀の仕掛けを担当した鎌田隆寛氏(営業)、女性ならではの話し方などに気を配った森井友美氏(総務)、致命的なミスが見つかり大幅な書き直しを短時間でこなした里見裕二氏(SE)らが奮闘。倫理面での基準が整備されているとは言い難いAIの世界に疑問を投げかける小説に仕上がった。「AIの開発競争に勝利した者は世界の覇者となりうるのか」「そうした未来でもしAIが悪用されたら」など想像力もかき立てられる。
初版は5千部。反響はIT業界にとどまらず、「一気に読めた」「日本で起こるかもしれない近未来について考えさせられた」など読者の評判も上々だという。本作は第1弾。西村氏は「素人だからこそ共作でしか小説を書けないと感じた。新メンバーも募り、シンギュラリティが人類にとって前向きに捉えられるような続編を書きたい」と話す。
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研究者の解説加え厚み
5月刊行の「人工知能の見る夢は」(文春文庫)は、24人の作家のショートショート(超短編小説)に研究者10人が解説を加えた。「対話システム」「自動運転」などテーマごとに編集。AIが執筆した作品も掲載した。
宮内悠介氏の「夜間飛行」は、飛行機の音声認識システムとパイロットとの対話のすれ違いをコント風に描き、稲葉通将広島市立大助教が対話システムの課題と飛躍の可能性を解説。宮内氏は「研究者の解説がついたことで現在の技術と想像力のエッジがどこにあり、どうせめぎ合っているかが一望できる」と語る。競作は「研究者にない視点を作家が提示し、一方で書き手の想像力を超える現実がすでにあることを研究者が提示できる可能性を示せたのではないか」と指摘する。
昨年11月刊行の「AIと人類は共存できるか?」(早川書房)も趣向は同じ。5人の作家が倫理、社会、政治、信仰、芸術という5つのテーマから小説を創作し、各編ごとに研究者の解題が付く。AIへの認知度が高まり、作家も募りやすくなっているようだ。
SFに詳しい翻訳家の大森望氏は「作家の創造力と、SFを読んで育った研究者の技術とが接近し、競作本は両者がしのぎを削るさまが堪能できる。作家が競い合い、新しい切り口の物語が次々誕生。近年、AI小説は豊作だ。日本のお家芸のSFはロボットからAIに取って代わりつつある」と話す。
(文化部 近藤佳宜)
[日本経済新聞夕刊2017年5月23日付]
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