日本サブカルで育つ欧州監督 ダークな味、現代と共振
アニメや歌謡曲など日本のサブカルチャーに影響を受けた欧州の30~40代監督の映画が面白い。単純明快な米国のコミックスとは違う、複雑でダークな味が、現代世界の危機と響き合う。
国際通貨基金が警告する経済危機、爆弾テロへの抗議デモ、暴力と麻薬がはびこる郊外……。イタリア映画「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」(20日公開)の主人公エンツォは、今日の欧州の疲弊を象徴するようなローマに暮らすコソ泥だ。
追っ手に追われ、川に飛び込んで逃げ切るが、どうも体が変だ。浴びた汚水に放射性物質が入っていたせいか。麻薬の運び屋とのトラブルで銃撃され、9階から転落しても生きている。
「鋼鉄ジーグ」原点
死んだ仲間が残した娘は引きこもり。永井豪のアニメ「鋼鉄ジーグ」(1975~76年)ばかり見ている。ゴロツキに詰問される娘を、超人的パワーを得たエンツォが救う。「ヒロシ!」。娘はエンツォこそが鋼鉄ジーグだと確信し「世界を救って!」と訴える。
だが孤独なエンツォはそう簡単には考えない。現金輸送車を襲ったり、娘に不器用に愛を伝えたり。しかしマフィアの抗争の流れ弾で娘が死に、動画サイトでのエンツォの人気に嫉妬したゴロツキがテロを予告。彼は決意する……。
監督のガブリエーレ・マイネッティは40歳。テレビで日本アニメを見て育った世代だ。「鋼鉄ジーグ」もイタリアで79年に放送された。マイネッティは「イタリアのポップカルチャーの根本的な部分への永井豪の影響は大きい」と公式インタビューで語っている。
「永井作品には娯楽性と暴力性、なにより人物造形の複雑さがある」「人間の不完全性を描いている。何が正しく、何が悪なのか、その問いかけが常にある」とマイネッティ。「イタリア映画にはネオレアリズモの伝統がある。リアリティーのある人物造形をする日本アニメと相性がよかったのではないか」とも。
映画評論家の宇田川幸洋氏も「主人公が人間臭い。超人的能力をもっても、すぐに世界を救おうとは思わない。米国のヒーローものでは、能力に気づけばすぐヒーローになろうとする。彼はヒーローになると予定された性格ではなく、アニメファンの女がいて初めてヒーローになる」と評する。
昨春公開のスペイン映画「マジカル・ガール」のカルロス・ベルムト監督は漫画家出身の37歳。アニメと漫画で育った日本好きだ。
白血病の少女アリシアは架空の日本アニメ「魔法少女ユキコ」のファンで、そのドレスを着て踊りたいと願う。長山洋子の歌謡曲に合わせて踊る娘を見た父は高価なドレスを買うため、偶然一夜を共にした女性を恐喝する。女性は金策のために怪しげな「黒蜥蜴(とかげ)」の部屋で暴行される……。
不幸な善き人たち
父は失業中。恐喝される女は情緒不安定。女の報復を手伝う元教師は前科者。主要人物3人はみな不幸だが善き人だ。近年の拝金主義や教育の荒廃を嘆くうちに、ますます不幸になる。
一昨年末に公開されたハンガリー映画「リザとキツネと恋する死者たち」の監督は49歳のウッイ・メーサーロシュ・カーロイだ。
主人公は住み込みの看護師リザ。内気な30歳で、日本の恋愛小説を心のより所としている。トニー谷ならぬ「トミー谷」が大好きで、その亡霊と一緒に歌い踊る。ところが彼女が愛する人々は次々と死ぬ。まるで日本のキツネの妖怪の物語のように。高圧的な警察の中で唯一の理解者である巡査が彼女を助ける……。
日本趣味が全面展開するが、かつてのフジヤマ、ハラキリではない。「日本のサブカルチャーをよく知っていて、うまく映画に取り入れている」と宇田川氏。西洋風の歌謡曲のまがまがしさも妙にはまっている。
3作品の共通点は、暗い世相の中で、内向的な日本文化オタクが出てきて、ドラマを動かすことだ。
「日本の漫画は、引っ込み思案の人にとって救われるところがある。積極的にコミュニケーション能力を高めなくてもいい、という主張があるから」と宇田川氏。60年代以降の日本漫画の主人公は「ダメ」な人が多い。「ドラえもん」ののび太はその典型。理想を掲げ、ヒーローのあるべき姿を描くハリウッドとは対照的だ。今の欧州の30~40代のリアリティーもそこらにあるのかもしれない。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年5月15日付]
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