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「落語に続け」 浪曲人気復活、自由な表現で活気づく

2017/5/10 日本経済新聞 夕刊

舞台の見せ方にもこだわる奈々福=森 幸一撮影

東京の浪曲界が沸いている。同じ古典芸能の落語の人気を追い風に、コントのように笑わせる新作にも力を入れ魅力をアピール。中堅・若手が個性を発揮し、新たなファンも獲得している。

東京・浅草寺の西側、飲食店が並ぶ繁華街、六区の路地に建つ「木馬亭」。毎月1~7日に開かれる浪曲定席では最近、開演前から入場者が列を成す様子を見かけるようになった。「入場者は10年前は多くても1日20人余りだったが、いまは平均50人以上。女性を中心に若いお客さんが増えてきた」(日本浪曲協会)。ここ2~3年で東京の浪曲界を巡る環境は様変わりしつつある。

■テレビ時代に低迷

表情豊かに語る太福(後ろは曲師の玉川みね子)=橘 蓮二撮影

浪曲は「清水次郎長伝」や「忠臣蔵」といった歴史物語を、浪曲師が「節」と呼ぶ歌と「啖呵(たんか)」と呼ぶセリフによって語る芸。これに曲師が三味線で即興の伴奏を付け、2人1組で演じる。浪花節とも呼ばれ関西に源流があり、明治時代に東京や大阪で興行として確立した。国民的な人気を得た二代目広沢虎造を筆頭にかつては誰もが知る演芸だったが、テレビ時代に入って人気は低迷した。

平成に入ると、ロックやブルースを取り入れたハイテンポで斬新な浪曲を次々に生み出す国本武春がテレビやラジオに多く出演。浪曲界の救世主として活躍したが、一昨年、55歳で急逝。再び勢いを失ったかに見えた東京の浪曲界では、武春イズムを受け継ぐ中堅・若手が頭角を現している。

人気復活のけん引役は新作から古典まで豊かな表現力で聞かせる玉川奈々福、コントのような笑いを生む玉川太福(だいふく)、東京で最年少の21歳にして本格派の呼び声が高い国本はる乃らだ。いずれ劣らぬ個性派で、「浪曲を知らない人に聞いてもらいたい」という武春の思いを共通して受け継ぐ。

■新たなファン獲得

「都会的な落語に対し、土臭く、臆面のない感情表現が浪曲の魅力。笑わせるネタでも心に訴える力がある」と奈々福は話す。出版社勤務の傍ら三味線教室に入ったのをきっかけに1995年入門。「浪曲の魅力をうまく伝えるために見せ方を工夫しよう」と、それまで白黒ばかりだったチラシをカラーにし、交流サイト(SNS)を通じた告知などを開始。プロデューサーとして手腕を発揮し、「シンデレラ」や寺山修司作品の浪曲化にも取り組む。

いまの落語ブームの火付け役で東京・渋谷のライブハウスで開く「渋谷らくご(シブラク)」に、奈々福とともにレギュラー出演するのが、2007年入門の太福だ。コント作家を経て俳優を目指していたとき、先輩に連れて行かれたのが木馬亭。「若い客は自分しかいない。浪曲にコントを取り入れたら若い人にもっと受けるんじゃないか、とひらめいたのが運命だった」と振り返る。

音感とリズム感が武器の最年少、はる乃

入門後3年間は古典の修業に集中。いまも古典を披露する機会が多いが、若者の集まる落語会では独自の新作で人気をつかみ浪曲ファンを増やす。シリーズ化した「地べたの二人」は、歳の差がある工場勤務の男2人のかみ合わない言動が静かな笑いを誘う異色作。15年にはシブラクで並み居る落語家を抑え、第1回の創作大賞を獲得した。

伸び盛りの若手、はる乃は武春の母、国本晴美の下で9歳から三味線と浪曲を習い、高校卒業直前に木馬亭で初舞台をつとめた。古典作品にこだわる正統派。新ネタを披露する会も隔月で開き、レパートリーを増やす。「若さを生かし、同年代の人に聞いてもらえる浪曲をやりたい」と意気込む。

東京の演芸界に詳しい早稲田大学演劇博物館助教の宮信明氏は「中堅・若手が活躍する落語界に刺激され、浪曲界も古典をしっかり身に付けたうえで自由な表現を模索する動きが活発になった。落語や講談との共演が多いことも力になっている」と指摘する。

入門者も増えつつあり、若手をどう育てるかが今後の課題だろう。ファンをつなぎ留めるためにも浪曲界あげての奮闘が期待される。

(文化部 小山雄嗣)

[日本経済新聞夕刊2017年5月8日付]

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