重要な名跡襲名相次ぐ 文楽、次の柱に奮起期待
歌舞伎に比べて襲名が少ない人形浄瑠璃文楽で、今年から来年にかけて重要な名跡の襲名が相次ぐ。1年ほどの間に3人の襲名が続くのは半世紀ぶりで、世代交代をアピールする。
4月の地元・大阪公演に続き、5月13日から東京・国立劇場で襲名披露公演に臨むのは、豊竹英太夫(はなふさだゆう)改め六代目豊竹呂太夫(ろだゆう)(70)。来年1月には若手のホープ豊竹咲甫太夫(さきほだゆう)(42)が歴史のある名跡、竹本織太夫(おりたゆう)の六代目を襲名。同4月には人形遣いの吉田幸助(51)が祖父の名跡、吉田玉助を継いで五代目となる。
「先代の呂太夫君は文楽に似つかわしくないほどの美男子だったが、こちらの新・呂太夫君をご覧ください。まことに文楽に似つかわしい……」
4月8日。国立文楽劇場(大阪市)で初日を迎えた4月文楽公演の六代目呂太夫襲名披露の口上。三味線弾きの鶴澤清治(71)がユーモアを交えて紹介すると、客席は大きな笑いに包まれた。歌舞伎と違って文楽の襲名は本人はひと言も発せず、先輩技芸員(演者)らが口上を述べる習わし。太夫を代表して列座した豊竹咲太夫(72)らも温かい言葉を贈り、披露公演は和やかな雰囲気で進んだ。
「前夜祭」盛況に
これに先立つ7日の「六代豊竹呂太夫襲名前夜祭」には招待客ら約500人が集まった。英太夫時代から続ける義太夫教室の生徒でもある落語家の桂南光とのトークショーでは、襲名への思いや若手時代のエピソードを写真とともに振り返った。文楽の襲名で「前夜祭」が開かれるのは初めてという。呂太夫は「1人でも多くの人に文楽を知ってもらうために、いろいろな機会を作っていきたい」と意気込む。
企画した国立文楽劇場の神田竜浩企画制作係長は「文楽の技芸員は普段の声を聞いてもらう場が少ない。イベントは観客にアピールするいい機会だ」と話す。襲名によりメディアに取り上げられる機会も増え、新たな観客獲得の好機にもなる。4月公演では、文楽初心者を劇場に呼び込もうと、知名度の高い演目「曽根崎心中」を第2部で上演。一般的に夜の公演は集客に苦戦するが「曽根崎」効果で平日でも多くの来場があったという。
重鎮の引退相次ぐ
文楽で襲名が相次ぐ背景には、急ピッチで進む世代交代がある。2014年に竹本住太夫と竹本源太夫(15年に死去)、16年に豊竹嶋太夫と人間国宝の太夫が相次いで現役から退き、今年3月末には現役最年長のベテラン豊竹松香太夫が引退。人形遣いでは16年に人間国宝の吉田文雀、17年にはベテランの桐竹紋壽(もんじゅ)が相次いで亡くなった。新たに大名跡を継ぐ演者には、これまでより大きな役割を果たすことが期待される。
六代目織太夫となる咲甫太夫について、師匠の豊竹咲太夫は「名を絶やさないことが師匠としての使命。人材が足りない今、しっかり勉強して立派な太夫になってくれることを切に願う」と力を込める。織太夫の名跡は咲太夫の父で人間国宝だった八代目竹本綱太夫の前名でもあり、「織太夫は綱太夫につながる名跡」(咲太夫)でもある。
八代目綱太夫は理知的な語り口で知られ「女殺油地獄」など近松門左衛門作品の伝承にも力を尽くした。咲甫太夫は「織太夫時代の八代目綱太夫は全身全霊で浄瑠璃を語っていた。身を捨てて舞台を生かすような太夫になりたい」と決意を語る。
18年1月に大阪、同2月に東京で開く襲名披露公演は八代目綱太夫の五十回忌追善公演と同時に行う。舞台上での口上を付けた、格式ある形でのお披露目となる。「歌舞伎では襲名が多く、話題性もある。文楽でもそのようにしたい」と咲太夫は言う。大阪市の補助金削減問題など逆風下にある文楽だが、自ら話題を作り、追い風を吹かせようという狙いがうかがえる。
大阪樟蔭女子大学の森西真弓教授は「襲名は本人の自覚を高め、芸を大きくする。中堅世代の技芸員が襲名によってステップアップしてくれることを期待したい」と話している。
(大阪・文化担当 小国由美子)
[日本経済新聞夕刊2017年5月1日付]
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