異なるテンポ 調和の妙 坂本龍一「設置音楽展」

新作アルバムを高谷史郎氏の映像とともに鑑賞する「坂本龍一|設置音楽展」(東京都渋谷区のワタリウム美術館)
新作アルバムを高谷史郎氏の映像とともに鑑賞する「坂本龍一|設置音楽展」(東京都渋谷区のワタリウム美術館)

音楽家の坂本龍一が発表した8年ぶりの新作を、凝った音響空間で独自の映像と共に鑑賞する「設置音楽展」が都内の美術館で開かれている。坂本の新境地の音楽を堪能できる内容だ。

坂本龍一が3月末に発表した新作「async」(「非同期」の意)を鑑賞する「設置音楽展」が4日、東京・渋谷のワタリウム美術館で始まった。収録の全14曲を聴ける2階の空間には、ドイツ製の5基のスピーカーが、来場者の座る長いすを囲んで設置されている。5.1chサラウンドのぜいたくな音響空間で、坂本が8年ぶりに生み出した音楽が流れた。

雨やエンジン音

様々な音が鳴る。ピアノやシンセサイザーの自身の演奏。雨音や足音の環境音に車のエンジンなどのモノの音。詩の朗読、ノイズ(雑音)も。それぞれがテンポを刻むが「タン、タン」「ターー」「タタタ」と拍子はバラバラだ。クラシックなどほとんどの音楽は1つのテンポに合わせて各種楽器の演奏が進行するのに真逆を行く。だが全体を通して聴けば、調和したハーモニーを感じる不思議な音楽に仕上がっていた。

新作アルバム発表に合わせ音楽展を開催する坂本氏

「僕が今聴きたい音、音楽をつくりたかった」。坂本は同展開始前に取材に応じ、出発点に個人的な思いがあることを明かした。「聴きたい音」は自然やモノの音。まずは自身のスタジオの庭や米ニューヨーク郊外の林で音を録りためた。それを4カ月繰り返し「音だけじゃ嫌」とも感じ始める。「(ピアノなどがメロディーを奏でる)音楽も加えたい」。その上で着想したのが「1つのテンポに支配されない音楽」だった。

2009年の前作「アウト・オブ・ノイズ」で、英国の古楽の演奏者5人にそれぞれ異なるテンポで弾かせた上で曲をつくる試みをしている。「一人ひとりが空気の分子みたいに独立して存在し、それぞれに動きがあるけど(曲にすると)雲のような(緩やかに合わさる)感じがあって、すごく良かった」と手応えを感じ、今作で「(新しい)その方向性を追求しようと思った」という。

バラバラにテンポを刻む多様な音を使い、楽曲という一定のまとまりがあるものをつくる。矛盾する創作だが、絶妙のバランスを探って仕上げ、新境地を切り開く作品になった。

映像と合わせて

空間的な広がりも感じる作品だけに、来場者には「(音響が)整った環境で向き合ってほしい」という思いもあった。CD発表にとどまらず、ワタリウム美術館で5月28日まで設置音楽展を開いて鑑賞する機会をつくったのはそのためだ。さらに「映像喚起力の強い音響作品」とも捉えている。同展では音楽を流しながら、国内外のクリエーター3組が「async」から発想して独自に制作した映像を見せる。

3つの展示スペースのうち2階会場の映像は、坂本が盟友と呼ぶメディアアーティストの高谷史郎が手がけた。坂本のスタジオでピアノなどを撮影し、その絵を数十分かけスキャンしていく模様をディスプレーに映す。始めはしましまの不鮮明な画像だが、解像するに従ってピアノの鍵盤や響板が端から徐々にくっきりと浮かび上がる。1つの絵なのに、それぞれの形が表れるのには時間差がある。

「目に見えない時間をイメージしてもらいたかった」と高谷。テンポの異なる音でつくられた「async」を聴き、「不確かな時間というものが表されている」と感じたことが背景にある。

時間は1秒、1分と一定方向に流れるのだろうか、急に過去に戻ったり未来に飛んだりと自由に飛ぶものかもしれない――。高谷は「これまで坂本さんは音楽をつくる上で、そんな時間のイメージを捉えてきたと思う。考え方が一段とまとまったのが『async』では」と話している。

(文化部 諸岡良宣)

[日本経済新聞夕刊2017年4月11日付]

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