しずおか和牛 ブランド統一、天下を狙う
「しずおか和牛」と聞いてピンと来る読者は多くないだろう。それもそのはず、この3月に新しく静岡県の統一和牛ブランドとして登場したばかりだからだ。しかし、その実力はプロの世界では定評がある。しずおか和牛の知られざる味わいを確かめに店を巡った。
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松阪牛や近江牛、飛騨牛など並みいるブランド和牛が品質を競う近畿東海北陸連合肉牛共進会。静岡産和牛は2010~14、16年度に雌牛部門で最優秀賞を受賞し、圧倒的強さを誇る。
筆頭ブランド「静岡そだち」には統一の飼育マニュアルがあり、飼料も特別製だ。農家にJA静岡経済連の職員が毎月、巡回指導にくる。特別な育て方が霜降りと赤肉の絶妙なバランスを生み出し、日本食肉格付協会の肉質ランクでも最高のA5以上が57%以上と全国平均の約35%を上回る。
それでも、県外での知名度が劣っているのが悩みの種だった。「静岡そだち」や「遠州夢咲牛」など9つの県内和牛ブランドがあるが、地域ブランドの色が濃い。14年から県やJAグループ、生産者らの代表が協議を重ねて、ようやく統一ブランドの発表にこぎつけた。これから全国に向けてアピールしていく。
まず肉そのものを味わってほしいとJR静岡駅近くにあるのが、焼き肉レストラン「静岡そだち」だ。13年にJA静岡経済連が直営する形でオープン。その名の通り、県内ブランドの静岡そだちを提供する。
特選ランチはサーロイン100グラムを中心に、その日の希少部位など合わせた計180グラム。使用する牛肉は食肉処理場から冷蔵状態で仕入れ、「一切冷凍はしていません」と田宮裕介店長(35)はその新鮮さを強調する。「まず肉の味わいを静岡産のワサビと駿河湾深層水で作った塩とで味わってください」と勧める。
ビジネス街にあるため接待需要にもよく使われるという。また「最近は味の評判を聞いたという外国人観光客も増えています」(田宮店長)。
静岡産の野菜もあわせて味わってほしいとこの3月「静岡そだち」のすぐ近くのビルにオープンしたのが「静岡ごぜん」だ。店のターゲットは女性。県産を中心とした日替わり16種類の野菜をグラスに詰め放題のサラダバーが人気だ。ドレッシングにはオリジナルの「みかん塩」がある。和牛メニューにもこだわりがある。ローストビーフのソースは茎ワサビのしょうゆ漬けにすりワサビを混ぜ、酢とみりんで味を調製した。
目玉料理のひとつが静岡発の高糖度トマト「アメーラ」を使用した「アメーラすき鍋」だ。通常の倍近い値段のトマトをぜいたくに敷き詰めた鍋に牛肉を入れる。ほどよく煮えたところでトマトやタマネギなどを巻いて口に運ぶ。トマトの甘さと牛肉のうまみが口に広がる新感覚の味わいだ。
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県西部地区の「遠州夢咲牛」も負けていない。御前崎市、牧之原市では域内10軒の店舗で名を広めようと「夢咲牛ハヤシライス」を13年から提供している。
そのひとつ、「道の駅 風のマルシェ御前崎」にあるKITCHEN御前崎では、メニューのなかで最高価格にもかかわらず、注文する客が絶えない。店員に聞くと「遠方からのお客さまはかなりの頻度で注文します」とのこと。トマト味の効いたソースに柔らかい夢咲牛がよくなじむ。
「和牛の味をいちばん引き立てるメニューを考えてハヤシライスにしました」(御前崎市農林水産課)。各店舗のソースはオリジナルで味に多様性がある。「追加であぶり和牛をトッピングできる店もあります」(同)。地元産野菜を多用するのもルールだ。
「しずおか和牛」は県外向けに静岡の和牛の知名度を上げるのが目的。まずは首都圏がターゲットだ。生産量に限りがあるため、「まずは静岡県に来てその味を確かめてほしい」(県畜産振興課)と訴える。
1月発足した静岡県のDMO(観光地経営組織)もオーストラリア向け観光促進PRに「しずおか和牛」を取り入れた。食材の王国といわれる静岡の新しいラインアップや観光振興の役割でも期待されている。
静岡県内での黒毛和牛の年間生産量は約4000頭、松阪牛の約6500頭に比べ見劣りする。磐田市の野島泰雄さん(69)は2004年から「静岡そだち」の肥育を始めた。もともと酪農家で自ら牛の繁殖もしていたが、義理の息子が継いでくれるということが大きかった。
繁殖農家は自分で子牛を調達できるが、他の農家は子牛を高値で市場で買う必要があり、「経営的にはなかなか難しい」という。ブランド和牛の定着には肉牛の安定供給と担い手農家の育成という課題もある。
(静岡支局長 柴山重久)
[日本経済新聞夕刊2017年4月11日付]
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