元祖「中学生棋士」で元名人 加藤九段が引退へ
将棋の元祖「中学生棋士」で、元名人の加藤一二三(ひふみ)・九段(77)。残る対局をすべて終えると引退となる。明るく前向きでファンに愛された現役最高齢棋士が60年余の現役生活を振り返った。
――名人経験者で初の陥落による引退となる。
「引退が決まる直前2局はホテルに缶詰めになって研究に没頭した。勝って残留するつもりで最善を尽くした。やり残したことはないので悔いはない。『お疲れさま』と声をかけられるが、まだ公式戦の対局は残っている。勝てば、次の対局もある。1局でも多く指せるように全力投球したい」
「高齢になり、成績が下がれば自ら引退する棋士もいるが、私は戦う意欲がなくならなかった。負けは増えたが、なすすべなく負けるのではなく、大半が惜敗。幸い健康で、まだやれると思い、今日まできた」
最高齢勝利を更新
――引退が決まった翌日の対局で勝ち、77歳0カ月の最高齢勝利を記録した。
「うれしかった。先行きに明るい希望を持てた。次戦で現名人の佐藤天彦さん(29)とも戦えた。全盛期の羽生善治さん(王座・王位・棋聖、46)が相手でもそうだが、プロになってから対局前に勝つ自信がなかったことは一度もない」
――14歳7カ月でプロ棋士になると毎年昇段し、神武以来の天才とよばれた。
「20歳で名人に初挑戦したが、大山康晴さん(故人、十五世名人)に敗れた。その後、十段戦(竜王戦の前身)などでタイトルを獲得したが、名人にはなれず、行き詰まった。対局中、次の手を決断できず、自分を見失いそうになった」
「そこで1970年、キリスト教の教会で洗礼を受けると、吹っ切ることができた。精いっぱい一生懸命に手を読んで、決断すればいい。それまでクラシックや西洋美術、文学に親しんでいたので、さほどキリスト教に違和感はなかった」
中原さんから学ぶ
――82年、中原誠名誉王座(十六世名人、69)を破り、名人になった。
「中原さんは最も影響を受けた棋士で一時期、20連敗した相手だ。切れ味鋭く、美しく巧妙な将棋。私は鈍刀のような棋風。中原さんの弱点を突くのではなく、長所に学ぼうと鍛錬を重ね、勝てるようになった」
「私はいつの日か名人になると確信していた。最終局では中原さんが簡単な手順を見送って、私に勝利が転がり込んできた。詰みが見えた瞬間、『あっ、そうか』と声に出した。万感の思いがあった」
――将棋界には若い才能も出現している。
「藤井聡太さん(四段、14)が昨年秋、私の最年少記録を62年ぶりに塗り替えた。この朗報は心から喜んだ。実力の世界なので、若い人材が出てくるのは素晴らしいこと。私は若い頃、勉強をほとんどしなかったが、実際に対戦して彼はとても研究熱心だと感じた」
――最近はテレビ出演も多く、街で「ひふみん」と声をかけられることも。
「この知名度を生かして、将棋の裾野を広げたい。例えば女性教室。3手詰め、6枚落ちといった初心者向けの講座にも取り組み、普及活動を通じて、将棋界に恩返ししたい」
名人戦の予選に当たる順位戦の一番下のC級2組から陥落すると年齢によって引退となる。タイトル経験者や順位戦最上位のA級経験者は、負けが込んで順位戦のクラスが下がると、自ら引退したり、順位戦を指さない「フリークラス」に転じたりすることが多い。
(聞き手は文化部 山川公生)
[日本経済新聞夕刊2017年4月4日付]
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