打倒・山田錦へ、群雄割拠の酒米 地元銘酒には地元産蔵元とタッグ

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ゆめぴりか、つや姫など食べるブランド米が人気を集める一方で、日本酒の原料となる酒米でも新品種開発がにぎわってきた。最高峰の品種「山田錦」に挑み、地元の銘酒づくりを盛り上げる。

「吉川(よかわ)のコメを使った新酒です。いかがですか」。3月中旬の週末、兵庫県三木市吉川町で恒例の「山田錦まつり」が開かれた。酒米の王様とも呼ばれる山田錦は兵庫県が国内生産の6割のシェアを握る。中でも吉川町地区は最高級品を産出する「特A地区」として知られる。

まつりでは大関、白鶴、日本盛など酒どころ「灘」を代表する日本酒メーカーが新酒を振る舞った。わざわざ六甲山を越え、山あいの町にはせ参じたのは「灘と吉川が強い絆で結ばれているから」と吉川まちづくり公社の住野大志社長は誇らしげに説明する。

時代は明治の初めにさかのぼる。明治政府の地租改正の影響を受け、農家がコメの収量重視に転じた結果、品質は低下した。ここで高品質な酒米の安定確保に悩む蔵元とコメの安定した販路を開拓したい産地の利害が一致。今でいう契約栽培が始まった。

コメと清酒の産地が連携する土壌が整ったところに1936年、兵庫県が山田錦を奨励品種に加えた。削っても割れにくく、雑味につながるたんぱく質が少ない期待の新品種。「これをきっかけに、気候や土地が山田錦に合っている吉川が主要産地になった」と兵庫県立農林水産技術総合センターで酒米を担当する池上勝主席研究員。特定の蔵元と集落が協力し合う関係は「村米制度」と呼ばれ、130年後の今も途切れず続く。

山田錦の強さは「伝統に支えられた安心感にもある」(池上さん)。本格栽培が始まってから80年。稲が倒れやすく病気にも弱いので栽培は難しいが、農家には育てる技術が、蔵元には酒造りに使うノウハウが蓄積した。山田錦なら間違いないというわけだ。

酒造業界には「YK35」という勝利の方程式がある。山田錦(Y)を、米粒が3分の1近く(35%)になるまで削り込み、協会9号酵母(K)で醸す。これが、酒類総合研究所(広島県東広島市)などが毎年開く新酒鑑評会で金賞を手にする近道とされた。山田錦の実力を示すエピソードだが、「それでは、画一的でおもしろくない酒ばかりになる」と反発の声もくすぶる。

日本酒の生産量はピークの3分の1近くに落ち込んだ。その一方で、吟醸、純米吟醸など「特定名称酒」は上向くきざしが見える。「消費者がより個性を求めるようになってきた」(農林水産省)からだ。原料の酒米も同じで、新しい品種への関心が高まる。

新潟県が15年掛けて開発し、2006年に本格栽培が始まった「越淡麗」は打倒・山田錦を目標に掲げる。「これまで大吟醸には県外の山田錦を使っていた。酒米を含め、オール新潟で作れるようにしたい」(新潟県酒造組合の大平俊治会長)というのが、酒どころ新潟の悲願だ。

大洋酒造(新潟県村上市)は毎年5月末に地元の住民や飲食業者が参加して越淡麗の田植えをし、秋には収穫を共に祝う。「自分たちの酒米という意識が広がっている」という。県内には山田錦から越淡麗に切り替えた蔵元も多く、生産は順調に増えている。

「地元の酒は地元の米で」の思いは他県も同じだ。大吟醸に向く「華想い」(青森県)、淡麗で切れのよい「西都の雫(しずく)」(山口県)、寒冷地での栽培に適した「彗星(すいせい)」(北海道)など地元の期待を背負って登場した酒米は00年以降だけで約50品種にのぼる。独自の酒米を持たない都道府県は今では東京、鹿児島など少数派だ。

コシヒカリが強かった食用のコメでは新ブランドがシェアを伸ばしている。酒米も、新品種の台頭で勢力地図に変化が起こるかもしれない。

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王者の系譜、各地に脈々

「越淡麗」で作った日本酒

「山田錦」は同じ兵庫県産の但馬牛にたとえると分かりやすい。但馬牛は和牛のルーツとも言える存在で、但馬牛から神戸牛や近江牛、宮崎牛などのブランド牛が派生した。酒米でも、山田錦から生まれた新品種が多い。

例えば新潟県の「越淡麗」はコメを小さく削っても割れにくい山田錦を母に、収量が多い「五百万石」を父とする交配で誕生した。青森県の「華想い」は山田錦に、稲が倒れにくい「華吹雪」を掛け合わせ、栽培しやすい酒米を目指した。山田錦の遺伝子は各地に広がっている。

日本酒業界の次の狙いは海外市場。所変われば好みも変わる。嗜好の違いに対応する新品種や醸造技術の研究も進んでいるそうだ。

(田辺省二)

[NIKKEIプラス1 2017年3月18日付]

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