認知症になる前に記憶力&体力をアップ 日常生活で
速読や資格勉強に挑戦 ブログ・会話で経験語る
タブレット端末の画面上に次々現れる数字。小さい順にできるだけ速くタッチペンでつないでいく。東北大学とシャープは、加齢で低下する記憶力・判断力・理解力など認知機能を維持・向上させるトレーニングソフト開発を進めている。
「限られた時間でいかに速く情報を処理するかというトレーニングは認知機能を高める。タブレットやスマートフォン(スマホ)で気軽にできるようにしたい」と東北大学加齢医学研究所の川島隆太所長。
脳全般に衰え
「知人の顔が思い出せない」「新しいことが覚えられない」など、中高年の誰もが感じる記憶力の衰え。実はこれは「記憶力だけでなく、意欲など脳の機能全般が衰えてきた兆候」と川島所長。ゲーム式トレーニングで意欲も引き出せるかもしれないと考えている。
川島所長は「記憶力は、ものを覚える力と思い出す力に分かれる。思い出す力は中年期以降ゆっくり減退するが、覚える力は20歳から急な下降直線をたどる」という。このため「なるべく早くから、覚える力が落ちるのを防ぐための認知トレーニングに取り組んだ方がいい」と指摘する。
覚える力を高めるトレーニングには大きく2種類ある。まず、頭の回転速度や情報処理速度を上げるもの。一定時間内に計算問題を解いたり、速読したりすることで高まるという。もう1つが「作業記憶(ワーキングメモリー)」と呼ばれる能力を高めるものだ。
作業記憶とは、一時的に脳内の情報を保ちながら、その情報を操作し、利用すること。例えば、5桁の数字を覚えた後、逆に言ったり、書いたりしてみる作業などが当てはまる。
これらのトレーニングは毎日継続してすることが大切だという。中高年になってから、各種の資格や英語検定など試験の勉強をコツコツ続けるのもよい。
生活習慣調える
一方、「今ある記憶力を保つために大事なのは、日常の生活習慣を調えること」と強調するのは、北品川クリニック・予防医学センター(東京・品川)の築山節所長。まず、毎朝同じ時間に起床。そして「他人のため何かをするという意味で、何らかの『仕事』を続けるのが大切だ」と話す。
さらに「高齢になってからは、経験を積極的に他の人に語ることで記憶力が維持される」(築山所長)という。つまり、記憶を頻繁にアウトプットしていく。
経験したことを家族や友人に語るほか、メモや写真を使って日記やブログを書くのもよい。人に説明しようと思えば、対象をきちんと理解することが必要だ。「理解すると知識が頭の中で整理されて覚えやすくなったり、思い出しやすくなったりする。写真やメモは記憶を引き出すきっかけになる」(築山所長)
東京医科歯科大学教授(認知神経生物学)の泰羅雅登氏も記憶を使うことが大切だと強調する。「新しい神経の回路が作られることで、記憶は長い期間、脳に保たれる。これが長期記憶と呼ばれるものだ。ただ、使わないと、この神経回路が機能しなくなる」
規則正しい生活とコミュニケーション豊かな暮らしを基本に脳のトレーニング問題に取り組むのが、記憶力を維持・向上させるコツのようだ。
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体も動かし認知症防ぐ
頭を使うだけでなく、同時に体も動かし、認知症を予防しようという取り組みが広がっている。
「1歩目と4歩目に横に大きく踏み出し、3の倍数で拍手して」。横浜市の横浜中央YMCAが毎週月曜と木曜に開く「YMCA脳いきいき体操」には毎回多くの高齢者が参加する。
「夫婦で週1回来る」という男性(74)。5年前に引退し、運動は散歩くらい。「みんなと一緒の頭と体の体操は気持ちがいい。子どもに迷惑をかけないため認知症は予防しなければ」と話す。
この体操は「コグニサイズ」と呼ばれる。コグニション(認知)とエクササイズ(運動)の造語で、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)が提唱。歩くだけでなく、決まった数の時に脚を横に出す、手をたたくといった課題を同時にする多重課題運動療法だ。
運動をした集団としない集団を一定期間追ったところ「前者で認知症の発症や進行が遅くなった」(同センターの鈴木隆雄理事長特任補佐)。「脳血流が良くなり、記憶にかかわる海馬などの体積が増加するという研究成果もある」という。
「軽度の認知機能低下が見られる段階からコグニサイズを取り入れてみてほしい」(鈴木氏)
(相川浩之)
[日本経済新聞夕刊2017年3月16日付]
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