大阪のうどんはダシで食らう 秘伝の調合クセになる
大阪は江戸時代に「天下の台所」として全国から昆布やカツオ節などの食材を集め、独自にだし文化を発展させた。名物のうどんもだしの味を楽しみながら食べる麺類として広まった。最近は人気の讃岐うどんに押されがちだが、伝統の味を守る店もある。競争が激しい「食いだおれの街」で生き残る老舗を訪ねた。
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大阪市の地下鉄心斎橋駅から歩いて約7分。商店街のある心斎橋筋から1本東に入った通りに明治26年(1893年)創業の「うさみ亭マツバヤ」(旧松葉家)がある。店の壁には「元祖きつねうどん」と書かれた看板。知る人ぞ知るきつねうどん発祥の店だ。
もちもちした麺を、薄味ながらコクがあるだし汁と一緒にすすり込む。讃岐うどんのようなコシはないが麺に粘りがあり、かむとぷつんと切れる。ほんのり甘い油揚げとかまぼこが口直しとなり、上品でまろやかな味を楽しめる。
「麺、だし、(油)揚げのバランスがなかったらあかん。どこが欠けてもいかんのです」と3代目店主の宇佐美芳宏さん(72)は話す。「だしで食べる」という大阪人の舌に合わせたうどんづくりのコツだ。
きつねうどんは宇佐美さんの祖父で初代の要太郎さんが、いなりずしをヒントに考案した。芳宏さんは「食材は時代とともに少し変わったが基本は同じ。店に合うできるだけいい物を探し使っている」と話す。
小麦粉は九州産と麺に粘りを出す外国産を混ぜる。だしは北海道利尻産の昆布と鹿児島県の業者から仕入れるカツオ、メジカ(ソウダガツオ)、サバなどの削り節。いずれもうまみを引き出すため、1年掛けてカビ付けや天日干しを繰り返したものだ。油揚げは京都・錦市場から取り寄せる。
生地はふるいに掛けた小麦粉に塩水などを加え、こね鉢に押しつけるように手でもんでつくる。できあがった生地の玉を足で踏んでモチッとした麺にする。踏んで折り畳み、また踏む作業を4~5回繰り返し、3時間以上寝かす。
だし汁は湯が沸く前に昆布を取り除き、削り節を入れてこす。味付けは薄口しょうゆ、酒、みりんなど。削り節は必要な分を毎日削る。油揚げは湯がいて油抜きし、だし汁の二番だしに浸す。砂糖、塩で味を調え、3日間かけて煮含める。
丁寧な仕事に地元だけでなく、東京に転勤した人が「あの味が忘れられない」とやってくる。「味が変われば顧客は離れる」。芳宏さんは手間を惜しまず、昔ながらの味を守る。
元治元年(1864年)創業と大阪府内で一番古いうどん店は池田市の「吾妻(あづま)」だ。阪急池田駅から8分ほど歩いたところにある。一帯はかつて交通や交易の要所として栄えた。店内には昔、店先に飾ったあんどんがあり、帳場や座敷の古いたたずまいが往事をしのばせる。
一番人気の「ささめうどん」は、名前の通り細い麺があんかけの汁になじむ。三つ葉とユズの香りがふわっと漂い、すりゴマ、ショウガが味を引き立てる。元の名前は「吾妻うどん」だったが、作家の谷崎潤一郎夫人が来店し、「細雪」の名前の一部をもらったのだという。
6代目の巽正博さん(53)の作り方も「昔と変わらない」。最も大事なだしは朝6時、前夜に水を張り昆布を入れておいた釜に火をつけ、カツオ、ウルメイワシなどの削り節を入れてつくる。薄口しょうゆと砂糖などで味を調え、1.8リットル入りのとっくりに詰める。
口の小さいとっくりを使うのは「だしの香りを逃さない」ため。煮詰めないよう湯煎で温め、注文があると小さな鍋に移してあんかけ汁などをつくる。麺は昼間、忙しい合間を縫って打つ。子どもの時から見よう見まねで覚えた作業だ。
「親子で食べに来た子どもが、味が変わらないとその子どもを連れてまた来てくれる」。巽さんは店が長く続く理由をこう語る。
府内の製麺業者でつくる大阪府製麺商工業協同組合(大阪市)理事で恩地食品(枚方市)社長の恩地宏昌さんは「讃岐は麺で食べる。大阪はだしにこだわり、麺、だし、具材の三位一体が特徴」と話す。
麺好きな方は大阪出張の時に試してみてはいかがだろうか。
大阪を代表する味といえば、たこ焼き、お好み焼きなどの「粉もん」が挙げられるが、その発展を導いたのも実はだし文化だ。各店舗は生地にだしを加えるなど工夫してうまみを引き出した。粉もんの魅力を伝える日本コナモン協会(大阪市)の熊谷真菜会長は「だしを楽しむ大阪のうどんはそうした点で、お好み焼き、たこ焼きの先輩」と話す。もっとも大阪でも讃岐うどんの人気が高まり、伝統の味を守る店は減りつつある。「危うい状態で、どう立て直すか」(熊谷会長)が課題になっている。
(東大阪支局長 石川正浩)
[日本経済新聞夕刊2017年3月14日付]
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